とむやんの氣まぐれ雑想記

〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

自由にこんがらがって。


埼玉の実家に帰るときはいつも、いろいろとイベントを企画しています。

カフェ・ド・アクタのこと。 - とむやんの氣まぐれ雑想記



そんなわけで、まずは告知。

①8月11日[土]13時~18時のあいだ
オルタナティブ・ブック・カフェ《ABC》」

埼玉・川口/オルタナティヴ ブック カフェ


②8月16日[木]15時~18時
「へいわのじかん ライブ+サークルタイム」

埼玉・川口/へいわのじかん @ cafe de Akuta


③8月17日[金]
「まなぶくらす@カフェ・ド・アクタ」

埼玉・川口/まなぶくらす



「まなぶくらす」は、ぼくのパートナーのメイコが主宰する学び場。
この日、ぼくと子どもたちは滋賀に帰るのでいませんが。

1時間目「わらべうたとおはなしのはなし」
2時間目「おうちでたのしく漢字学習」
3時間目「数のアート」



「へいわのじかん」は、対話やパートナーシップについて話したり、そんな時間/空間を共有するイベント。
今回はゲストありライブあり、ちょこっとスペシャル版です。



そして、「オルタナティブ・ブック・カフェ《ABC》」。
ゆるゆると「本」のこと、そこから脱線して日々のこと。
今回は営業中のカフェの片隅で開催する形。



このブックカフェは、滋賀ではスティルルームで定期的に開催させてもらっています。
前回は7月17日、8月はお休みして、9月は18日を予定。
(どれも第3火曜日)

カフェ・ド・アクタの8月と、スティルルームの9月。
どちらもテーマは、「さみしさの論理」です。

さみしさの論理。 - とむやんの氣まぐれ雑想記

(そのタイトルでオリジナル曲をつくったり、ブログも書きました)


今日(2018.8.8)書こうと思っているのは、前回7月に開催した《ABC》のこと。
テーマは、「自由にこんがらがって」でした。

これも実は、オリジナル曲のタイトルにするつもりで、まだできてはいないのですが。
いずれにしても、〈自由〉というのはなかなか一筋縄ではいかないテーマですよね。


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7月17日、cafe salon STILLROOM。
いつものように、入り口に看板を出してくれていました。


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ラズベリーヨーグルトと。


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クリームエリカと。


そして、この日ぼくがもっていった3冊の本。

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砂の女安部公房

安部公房の名前はさすがに知ってはいましたが、読んだことはありませんでした。
代表作のひとつで、海外での評価も高いそうです。

確かに、今読んでも古さを感じさせず、あっという間に読んでしまいました。


『大事なものは見えにくい』鷲田清一

鷲田清一さんは以前から氣になっていて、やっと読むことができました。
哲学だけど、エッセイ形式なのですごく読みやすいし、どれも頷くことばかりです。


『不自由な男たち』田中俊之×小島慶子

小島慶子さんの本を読んでみたくて、一番氣になったのがこの本。
男性学の田中俊之さんとの対談で、これまた「そう、それそれ」と思うことがたくさんありました。

後半、結論のようなものはあまり出てこないのだけど、かえって自分たちのこととして捉え直しするといいのかもしれません。


前回の記事で、〈ちょうどいい〉について書きました。
〈自由〉というのも、ちょっと似たところがあるかもしれません。

中道というか、バランスの取り方というか。


砂の女』もそうだけど、案外〈自由〉っていうのは「脅威」になってしまう。
不自由はイヤなのに、籠の鳥として飼い慣らされている方がラクに思えたり。

鷲田先生のように、〈自由〉を改めて定義してみるのがいいんだと思います。
人によって、認識も求めているものも全然違うから。

自分の不自由さを呪いながらも、一方では〈自由〉を怖れる、のではなく。
自分がどれだけ、どんな風に不自由なのかを認知してみる。
そのためには、『不自由な男たち』のような対談を、みんなでもっと日常的にやっていく必要がありそうです。

井の中の蛙のようにすごく狭い常識に捉われていないか。
かといって、いきなり大海原へ漕ぎ出していけ、ということではもちろんなくて。



そう言えば、最近YouTube井上陽水の動画をいくつか観ました。

45年前、『氷の世界』が日本初のミリオンセラー・アルバムに。
『氷の世界』は知ってましたけど、そんな記録的なアルバムだとは知りませんでした。


なぜ、このアルバムが売れたのか。
作家の伊集院静さんは、若者にとっての不条理で溢れていた時代、「自分たちの目の前の不条理を歌ってくれた」からだと分析されていました。

『氷の世界』もそうだし、その後もある種の「天邪鬼精神」を貫いているというか。
ご本人は「へそ曲がり」だと自己分析しているみたいですが。

糸井重里さんとの対談番組で、糸井さんはこんなことを語っていました。
「一番大事だと思うことって、答える力じゃなくて、問題をつくる力」
井上陽水自身、絶えず疑問を抱えてて、次々泉のように疑問を生むんですよ」

考えてみると、〈自由〉というの同じかもしれません。
答えをすぐに求めてしまうけど、実は疑問を抱き続けることこそが〈自由〉なのかも。
それは「哲学」のあり方ともリンクするんじゃないでしょうか、たぶん。


最後はちょっと脱線、まとまらないままですが。
「自由にこんがらがって」は、まだしばらくはぼくにとっての大きなクエスチョンになりそうです。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

ちょうどいい、を考える。


昨日(2018.8.6)から、埼玉の実家に来ています。
子ども3人と青春18きっぷの旅、もう何度目だろう?

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子どもたちももうすっかり慣れっこで、10時間の行程も比較的すんなりでした。

と思ったけど、今日はぼくだけひとり実家で休むことに。
(子どもたちは上野のかはくへ、両親が連れて行ってくれました)

昼過ぎにちょこっとだけ、実家の周辺を歩いてみましたが。
その辺のことは、また改めて。



山本珈琲倶楽部のマスターが、前回のブログをfbでシェア、コメントもくださって。
せっかくなので、〈ちょうどいい〉について書いてみます。

そもそも、「ちょうどいいお店」って何なんだろ?って話ですよね。
お題なので、とりあえず書いてみたものの。


たとえば、どこか普段あまり行かないところに外出したときとか。
そういうときは大抵、前日とかに調べてみたりします。
「カフェ ○○駅」とか、その周辺のmapを見てみるとか。

スマホがあればいいんでしょうけど、でもそれはそれで楽しかったりします。
だから、あえて調べずに「行き当たりばったり」に賭けることも。


結論から言うと、「ちょうどいいお店」だったなってこと、3割くらいなのかな。

そもそも「なかった」とか、その日は残念ながら「お休み」だとか。
結局都合付かなくてってこともあるし、行ってみて「悪くはないけど」ってことも。


カフェとか喫茶店って、ぼくにとっては点数付けられるものじゃない、上下がない。
「人」だってそうだけど、「能力値」で友だちになったりするわけじゃない。

逆に、味も美味しいし、インテリアも好きだけど、お店の人がつっけんどんだったり。
そんなときは他が全部プラスでも、一氣に冷めてしまったりもします。

結局のところ、「フィーリング」。
いわゆる「氣が合う」とか「波長が合う」ということ。

これには、自分の波長も高めていく必要があるんだと思います。

紹介した2つのカフェに関係している、野洲のル・シエルさん。
メールでやりとりしていた中で、こんなことを仰っていました。

「みんなが自然と幸せになっていける世の中になっていけたらと思っているんです」

実際、ル・シエルのパンやケーキは、本当にそういう〈しあわせ〉そのもの。
まさに〈ちょうどいい〉とも言えるし、まだまだその域にはぼく自身は行けていませんが。

すばらしいなぁと思ったり、美味しいなと思ったりすることが、そういう感覚を少しでも共有できているのだとしたら。
それが「ご縁」だったり、何かしらの要因で、〈ちょうどいい〉感じでぴたっとハマるのかもしれません。

〈しあわせ〉と〈ちょうどいい〉って、密接な関係がありそう。
〈ちょうどいい〉を掘り下げてみると、案外おもしろいですね。


追記
このブログの「記事を検索」で〈ちょうどいい〉を見てみたら、結構使っていました。
その中でも、一年半前のこの記事は特に、今日書いたことともリンクしているかも。

不マジメのススメ。 - とむやんの氣まぐれ雑想記



                    せれんでぃっぽ☆とむやん

ちょうどいいお店/山本珈琲倶楽部


前回に引き続き、特別お題。

今日(2018.8.5)紹介したいお店も、何度か書いていますが、改めて。



守山市で32年、変わらずに続いている珈琲専門店。

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山本珈琲倶楽部


滋賀でコーヒー飲むならここ、と言いたい。
炭火焙煎珈琲を丁寧にドリップしてくださる珈琲は、本当に美味しいです。

でも、美味しいだけじゃない。
雰囲氣も好き、一人でも誰かと一緒でも、まさに「ちょうどいい」。

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(上の2枚は、以前撮った写真、このブログでも一度載せています)

ぼくはスイーツ好きなので、喫茶店ではケーキなどを注文することが多いのです。
そしてもちろん、山本珈琲倶楽部のケーキやティラミスは珈琲に合うし、大好きなのですが。

ここ最近は、もっぱら「モーニング」。

2種類あるホットサンドもお氣に入りですが、「山本モーニング」にハマっています。

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先日(2018.8.3)伺ったときは、酸味系のキリマンジャロと。


山本珈琲倶楽部は、前回のSTILLROOMとも不思議なご縁があって。
ここのパンも野洲のル・シエルのもの、そしてすぐそばにタコの公園があります。


ぼくのブログやインスタグラムを見て、「山本珈琲倶楽部行きたい」という声をよく聞きます。
案外、滋賀の人もまだまだ知らなかったり、「昔、入ったことあるよ」という人もチラホラ。

是非是非、行ってみてほしいです。



他にもいくつも紹介したいお店はあるのですが。
お題としては今日までなので。

またお題とは別に、書けたらいいなと思っています。
滋賀にもステキなお店が増えているし、長年されているお店もあるし。

大した影響力があるわけではないですが、こんな形ででもエールを送れたらいいな。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

ちょうどいいお店/STILLROOM


今日(2018.8.3)は、【特別お題】。

「「いい店ない?」って聞かれたときに「ここよかったよ」って答えられるお店、ありますか?」ということで。

このブログではもう何度も登場していますが、改めて。



栗東市安養寺、タコのすべり台がある公園の前。

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cafe salon STILLROOM

 

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ウクレレサロンやブックカフェでもお世話になっています。
そして、何かと寄りたくなるカフェ。


昨日も、お昼前にふらっと行ってきました。

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夏のお氣に入りは、「エスプレッソ トニック」。
見た目は黒ビールのよう、ですが。


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そして大好きな「クリームエリカ」。
(昨日は食べなかったので、写真は以前のもの)

パンは野洲のル・シエルさんのもの、ほんと美味しいです。


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「ちょうどいい」、何がちょうどいいのかなぁ。
距離感とか?

個人的なことですけど、家からの距離はありがたいことに、すごくちょうどいい。


ひとりでくつろぐこともできなくはないけど。
どちらかと言うと、STILLROOMのスージーとあれこれ喋るのが楽しい。

昨日も、「じゃあ帰るね」からが長かった(笑)


ぼくの両親が滋賀に来たときも、他県からの友人にも、ここをオススメしています。

もちろん、滋賀にいてまだ行ったことない、という方もまず一度行ってみてほしい。
そんな大好きなカフェです。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

ウクレレのペグ交換、してみました。


前回、誕生日のことを書いたら。
fbのコメントでも、お祝いの言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。

コメントの中で、「誕生日っていいな〜って、読んでてあらためて思いました」と書いてくださった方もいて。
これは、ぼくも常々思うことだったりします。

誕生日然り、結婚式然り。
「記念日」とか「祝福」とか、お祭りだったりパーティーだったり。

そういうものがもっとあってもいいな、って。
もちろん、日常があってこその「ハレ」なわけだけど。

来年の45歳のときには、何かイベントでもしようかなって。
コメントに冗談半分で書いたけど、ほんとにできたらいいなぁ。
ライブとか、来てくれた人に珈琲ふるまう、とか?


ちなみに、今日(2018.7.30)は母の誕生日だったりします。



一昨日に見た虹が、すごくキレイで。
ぼくは見逃したけど、昨日も今日も出ていたみたいですね。

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前々回の、空氣まで朱鷺色に染まってしまったような夕暮れだったり。
週末に来た、普段とは違う動きを見せた台風だったり。

ぼくは何となく、『風の谷のナウシカ』を思い出して。
もしかしたら、この世界では「美しさ」はある種の「浄化」なのかもしれない。

ちょうど、今書こうとしている歌とリンクして、そんなことを思ったりしています。


きっと、もう「次」の段階は来ていて、どういうスタンスで行くのか。
今まで通りでいたい人もいれば、劇的な変化を楽しみたい人もいるでしょう。

ぼく個人としては、「変化」を楽しめた方がよりおもしろくなる時代なんだ、と。
ますますそういう傾向が強くなったように感じます。



とまあ、壮大なことを考えながら。
今日書くのは、ほんのちょっとした「変化」のこと。

ぼくがウクレレを始めたのは、たぶん20年くらい前。
実はあまりよく憶えていません。

たぶん、『ザ・ビートルズ・アンソロジー』でジョージ・ハリスンウクレレを弾いていたのがきっかけのひとつ、だったはず。
それが1995~96年のこと。


初めて買ったウクレレは、アストリアス(ASTRIAS)というメーカーのもの。

アストリアスギター オフィシャルサイト

御茶ノ水の楽器店で、2~3万円ぐらいのを探していたのですが。
(入ったのはたぶん、下倉楽器)

今だったらその価格帯でもいろいろ選べるのですけど。
当時はあまりいいものがなくて、店員さんに薦められたのがこのウクレレでした。

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実際、音もよくてすぐに氣に入ったのですけど。
5万円台だったかなぁ、予算オーバーで結構悩んだのは憶えています。

このアストリアスのギターやウクレレには、シリアルナンバーが記されていて。
ホームページを見ると、簡単に製造年がわかるようになっています。

このウクレレは1500番台なので、1996年製。
やはり、ぼくのウクレレ歴は1996年かその翌年くらいから、かな。

ギターと違ってもち運びやすいのと、夜中でも静かに練習ができたりするので。
特に滋賀に来てからは、ギターはほとんど弾かなくなってしまいました。

最近、実はエレキギターを手に入れたので、ギターもまた練習したいと思っていますが。


さて、話を戻します。

この、ぼくのファーストウクレレ、ちょっとペグが使いづらくて。
ギア式のものに交換したいな~と前から思っていました。
(どんなものかは、後で写真があります)

これまた御茶ノ水に「アキオ楽器」という、超有名&個性的なウクレレプロショップがあって。
2年前だったかな、そこで手ごろな値段の台湾製のギアペグを買っておいたのです。

これ、ペグ交換にはちょっと加工が必要で、小さいけどネジ穴を開けるんですね。
それでなかなか踏ん切りがつかなくて。

最近、またまたシリアルナンバーを見て調べて、このウクレレ22歳なんだな~と。
ウクレレも成人するのかはわかりませんけど、もう替えてもいいよな、って。

44歳の誕生日、何かちょっとしたことでもしておこうと思って。
ウクレレのペグ交換を、自分にとってのちょっとした「儀式」みたいに捉えてみたらおもしろいかも、と。

興味ない人にはどうでもいい話、ですが(笑)
これまた備忘録的に、書き残しておこうと思います。


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これがそのウクレレのヘッド部分。
弦を巻き付けているのがペグで、これを回してチューニング(音合わせ)をします。


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後ろから見ると、こんな感じです。
これはストレートペグと言われるもので、回した分だけダイレクトに弦が巻かれます。

なので、ギア式と違って微調整がしづらい。
慣れてしまえばどうってことなかったりしますけど、ライブのときとかはギア式の方がいいかな。


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ペグは、裏のネジを外せば簡単に取れます。
下はブッシュという金具を取り外したもの、ここも交換をします。

ペグ交換は、場合によっては穴を拡げないといけないこともあって。
今回はそのままで大丈夫でした。

なので、取り付けるネジ穴を開けるだけでOK。
(と言いつつ、やっぱり抵抗はあったなぁ)


4つとも、無事替えることができました☆

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無事、と書いたものの、ひとつだけちょっとやり直しています。
慎重にやったつもりでしたが、角度が微妙にずれてしまって。

初めてやったにしては上出来、かな。
やり直し部分もほとんど氣になりません。


ペグのボタンはピンク色、これが氣に入って買いました。
最近、アストリアスにはAQUILA REDという赤い弦を張っていることもあって。
(2つ前の写真がわかりやすいかな)

ちょっと残念なのが、ボタンが一個だけちょこっとヒビが入っていて。
当面使うのに支障はないと思いますが。

将来的には、ボタンだけ替えるかもしれません。
(ボタンのみで売っていることはほとんどないので、手づくりしないとダメかな?)



やってみて、やっぱりよかったなと思います。
失敗はあったけど、リカバーできないほどではなかったし。

ますます愛着が湧きました。


そうそう、来週埼玉の実家に帰省予定なのです。

うちには貸し出し用のウクレレが何台かあって。
(このファーストウクレレは残念ながら貸し出しできませんが)

今週取りに来ていただければ、一ヶ月間使っていただけます。
数に限りがあるので、もしよければ。
ぼくがいない間、誰かに使ってもらった方がいいので、氣になる方はご連絡ください。

せれんでぃっぽ ウクレレ サロン - ホーム | Facebook


あと、これまた急過ぎるかもしれませんが、レッスンもお受けいたします。
今週タイミングが合えば、そのあとは8月20日以降になります。

8月24日[金]は滋賀・栗東のcafe salon STILLROOMでウクレレサロン。
16時からで、こちらは中級者向けかな。

8月26日[日]は滋賀・日野の向町カフェで、「ウクレレ♩みんなでウクレレ♩」。
10時から、初心者でも参加できますが初心者レッスンを受けてからをオススメます。

ウクレレ=夏というわけではないけど、始めるには絶好の機会かと。
「やってみたいと思っていて」等、お氣軽にお声掛けください。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

44歳。


一週間遅れですが。
先週の7月21日に、44歳になりました。

今年も、fbでたくさんのメッセージをいただいたり。
家族や友人から、いろいろをお祝いしてもらいました。

本当にありがたいです、嬉しいです。


昨年はこんなことを書いていました。

43歳。 - とむやんの氣まぐれ雑想記




妻はケーキをつくってくれました、写真は撮っていませんが。
そして、子どもたち(上2人)からはそれぞれ、カードをもらいました。

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長男は、開くと中に「トリケラトプスの頭骨が動く仕掛け」のあるカードと手紙。
次男は、かわいい絵のカード(これもちょっと仕掛けあり)と、たくさんの切り紙。
(写真はそのごく一部)

そして、義理のお母さんからもお手紙をいただきました。


父と母は、いつもいろいろ送ってくれます。
今回、さかうえだいすけさんのトリケラトプスカップと。

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ちなみに、大の恐竜好きだったぼくは、トリケラトプスが一番のお氣に入りでした。
長男のカードも、カップも、たぶん偶然なのですが。
(長男にはもしかしたらその話を以前したことがあって、憶えていてくれてるのかな)

2015年の誕生日にも、さかうえさんのカップをもらっていて。

ナマケモノカップ♡ - とむやんの氣まぐれ雑想記



それから、実家の喫茶店でもお世話になっている「家音 -kaon-」さんのスイーツ。

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「家音 -kaon-」さんのこと、もったいぶっていつも書けないので、今日こそは。

66で11。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


埼玉の実家に帰るときは、いつもブックカフェなどのイベントをしています。
そのときに、「家音 -kaon-」さんはよく来てくださって。
しかも、手づくりのケーキを差し入れしてくださり、それがまたすごく美味しかった。

2016年を振り返ってみる☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記


これはきっとご縁だ、と思って、ふとひらめいて。
実家の喫茶店のスイーツを「家音 -kaon-」にお願いすることにしました。
(それまでは別のスイーツを仕入れていました)

妻が滋賀の「大地堂」のディンケル小麦をプレゼントしたら、後日早速パウンドケーキを試作して、送ってくださったり。

カフェ・ド・アクタのこと。 - とむやんの氣まぐれ雑想記

(それが「とても嬉しいこと」、でした)

最近も古代小麦アインコーンを使ったクッキーを、試作品として同梱してくれていて。

なんか、やっぱり書き出してもうまく表現できないのですが。
(そして、それがここまで書けないままだった理由だったりもしますが)

キシダ家との「ただならぬご縁」を、ぼくは勝手に感じているのです。


まあ、そんなわけで今年の誕生日の備忘録に戻ります(笑)

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紅茶とあんずのケーキ。
手前は、名前を忘れてしまった…。


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子どもたちも大好きな、ネコ型のクッキー。
写真を撮り忘れたので、以前撮ったもの。
(なので、マドレのコスクランも写っています)

ネコのクッキーは定番、配合なども以前から変わっていないみたいなのですが。
なぜか、食べるたびに以前よりもっと美味しく感じられるのです。

やっぱり、誰がどういう想いでつくるかは、味に結構出るなぁと。


今はご縁のあるつながり以外、活動をちょっとおやすみしている「家音 -kaon-」さん。

家音 -kaon-


本当にありがたいことに、カフェ・ド・アクタには今も置いてもらっています。



さて、友人から。

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石に、友人数人が絵やメッセージを書いたもの。
Happy Birthdayとかウクレレの絵とか、こういうプレゼントを思い付くのがさすが。
(個人的には、この写真の面が特に好き)


誕生日の翌日、若き友人がニュージーランドへ行くということで。
何人かで集まって、壮行会をしました。

そのとき、サプライズで誕生日もお祝いしてもらいました♪


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パティスリー ユウグレのケーキ、前から氣になっていたので嬉しかった♡
こちらも、友人たちの寄せ書きカード付き。

ケーキを用意してくれた友人が、「では、願いごとをしてローソクを」と言ってるときにはもう吹き消してた(笑)
でも、こうやってお祝いしてくれたり、美味しいものがたくさんあったり。
もう既に願いごとが叶っていたから、間違いじゃないのです。


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若き友人の妹ちゃんのつくった珈琲ゼリーもみんなでいただきました。
11歳でこれが、こんなに美味しくつくれるなんて、ほんとすごい。

この日はこのほかにも。
かわいいエコバック、「歌詞を書く用に」とロクブンノイチ野帳をもらいました。



とまあ、まとまりのないまま書いてしまいましたが。
途中でも書いた通り、備忘録的なものなので、お許しください。

そして、友人の誕生日には今度は祝う側として、いろいろできたらいいな。
嬉しかったことを書き留めて、次は逆の立場になれるように、精進します。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

あなたがいたくないところに、いることはできない。


先週、おかげさまで44歳の誕生日を迎えました。

そのことはまた改めて、いろいろ書きたいと思います。
今日(2018.7.25)は、前回の続きのようなもの。



今、『ザ・ビートルズサウンド 最後の真実』という本を読んでいます。
かなり分厚いので、手強そうではありますが。

レコーディング・エンジニアが書いた本ということで、なかなかおもしろそう。

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以前、『人生で大事なことはビートルズからすべて教わった』という本を読んだことがあって。
かなりおもしろかったです。
そっちは、ビートルズファンじゃなくても読みものとして楽しめる、かも。


昔TVで観たビートルズ特集とかでも、彼らのエピソードにも興味があって。
結構、自分にとっての「人生訓」になっていたりします。


先日、ネットでこんな記事を見ました。

ジョージ・ハリスン、“Hey Jude”制作時のポール・マッカートニーのこだわりについて語った逸話が明らかに | NME Japan


この中で、『Hey Jude』レコーディングのときのジョージ・ハリスンの発言が抜粋されていて。

「最後の何枚かのアルバムでは特にそうだ」と思うんだけど、「ミュージシャンとしての演奏の自由が縮小していったんだよ、主にポールによってね」
「彼は他の人の提案にはオープンじゃなかったんだよ」

ジョージの言うようなことが原因のひとつとなって、ビートルズは解散へと向かうことになるわけですが。
(複雑な要因が絡んでいるみたいで、本当に残念)


でも、結局のところ。
このメンバー4人が、一緒にアルバムをつくるのは無理が出てきたんだと思います。

特に、ジョージ・ハリスンビートルズ後期に名曲をいくつもつくっているし。

解散後に出したソロアルバムは、レコード3枚組。
ビートルズでは発表できなかった曲もたくさんあって、これだけのボリューム。
しかも、これが大ヒットしたわけです。
(個人的にも、『All Things Must Pass』は大好きなアルバムです)

もう、「ビートルズ」という枠に収まっていない。

先ほどの、『Hey Jude』で「ギターのコール・アンド・レスポンス的な処理を提案」して、却下されたということも。
どういうものかわからないけど、たぶんジョージはインド音楽の影響でそれっぽくしたかったんだと思うし、正直それは断られてよかったんじゃないかなぁ。

Hey Jude』 は、というか後期のポールの作品は、完成形がもう頭にあったんでしょう、きっと。


ビートルズの『All You Need Is Love』の一節。
Nowhere you can be that isn't where you're meant to be

あなたがいたくないところに、いることはできない。
逆に、あなたがいるところこそ、あなたのいたいところ。

この曲は歌詞がちょっと難解らしく、訳があっているかはわかりません。
でも、こんなような意味になるらしい。

歴史に「もしも」はない、とよく耳にする言葉ですが。
ある意味、それに通じることなんだと思います。
「もしも」がないのは、なるべきじゃない流れにはなりようがない、ということ。


でも、だからこそあえて、もしビートルズがあの時点で解散していなかったとしたら。

ビートルズの枠を超えて、次のステージに進んだ4人。
ビートルズが続いていても、それ以上の展開はなかっただろう、と思います。


大切なのは、共鳴していること。
そしてそこに落ち着いてしまうのではなく、高めていくこと。

そのとき、「行き先」がそれぞれ違ってしまっても仕方のないこと。


「自分は悪くない」とか「自分は間違ってない」とか。
そう思ってしまうときはよくあります。

前述のジョージ・ハリスンも、そうだったはず。
ただ、ジョージにとっての「正しさ」とポールにとっての「正しさ」は違う。

そこをどうすり合わせていくか、というのも必要なんだと思います。
けれど、相手をコントロールすることはできない。

相手がスタジオミュージシャンなら、指示通り動いてもらうこともできるのかも。
でも、結局「思い通りにならない」からこそ、おもしろいものが生まれる。

その一方で、あまりにも「思いがすれ違う」ようなら、それは「お別れ」のタイミングなのかもしれません。
まずはちょっと距離をとってみたり、ビートルズみたいにビリー・プレストンをゲストとして招くとか。
まあ、それでもやっぱり解散しましたけど。



ここまで書いてみて、着地点がイマイチわかりません。
でも、『Hey Jude』 についてのジョージ・ハリスンの言葉は、ぼくにとっての指標がひとつ増えた氣がします。

それを憶えておきたくて、書いてみました。
いずれ、改めて加筆修正するかもしれません。


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最後に、今日の夕空。
空だけじゃなく、世界が朱鷺色に染まったようでした。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん