とむやんの氣まぐれ雑想記

“探幸王”を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

品質より、楽しさの水準。

最近改めて思ったこと。

 
どんなに歌が上手い人だったとしても、たとえば横柄な感じを受けたとしたら、その時点でもう魅力を感じないだろうと思う。か
ちゃっちゃと仕事のできる人でも、人を見下すような態度があれば、一緒にはできないなぁとも思う。
 
いや、雰囲氣や態度というよりは、やはりパーソナリティなのかもしれない。
だから、条件というよりは、フィーリングで合う合わないが自分の中で決まってしまう。
 
少なくとも、何かをするにあたって、「完璧さ」の類いは、それほど氣にしない。
それよりは、自分も相手も笑顔でいるかな?というような、それがぼくにとっての「完璧」なのだと思う。
 
それこそ、技術的にはそんなに高くないとしても、心がやたらと動くこともある。
自分が何かするにあたって、やはりそこを大切にしたいと、再確認している。
 
もちろん、自分なりの最善は尽くす。
ただ、それが相手の要求するレベルに達していないことは多々あるだろう。
 
でも、逆を考えたとき、どんなに手順通りに終わったとしても、殺伐としていたら意味がない、と思ってしまう。
 
自分自信、ヘンに完璧主義で無愛想だったからこそ、自戒的にそう強く思う。
 
笑顔で機嫌よく、というのもまだまだ自分は未熟なので、そこを過度に相手に要求したりするわけではないけれど。
何というか、楽しさよりも品質の水準を求められると、やる氣が激減してしまう、と言えばいいだろうか。
 
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重要だなと思ったことを、もうひとつ記しておく。
 
そんな風に、合わないなぁと思う相手に、認めてもらおうとする必要はない、ということ。
ぼくは今まで、そこでつい評価されようと頑張ってしまうことがあった。
わかっている人にはどうってことのない、つまり自分が何とも思っていない相手からどう思われようが関係ない、ただそれだけのことだけど。
 
まあそもそも、誰かに評価されるために何かをしてるわけではない。
特定の誰かに評価されようがされまいが、かまわない。
自分の生きたいように生きて、 でもそれが好印象なら、それはとても嬉しいことだ。
 
だから、合わないと思う相手から見下されるなら、それはむしろ喜んでもいいぐらいかもしれない。
 
 
今日のつぶやきは極端な言い方が多いけれど、思い付きの粗削りのまま、とりあえず。