読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とむやんの氣まぐれ雑想記

“探幸王”を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

しつこいようだけど、「歌うということ」。

ひとりごと song

何のために歌うんだろう?

もう、そんなこと考えることもないのかもしれないけど、あえてまたふと思ったことを書き残しておこう。

前回の続き、的なもの。


昨日(2016.10.16)、マイアミ浜で友人の結婚パーティーがあった。
滋賀県民じゃない人には注釈を、マイアミ浜は滋賀県の琵琶湖畔にあります、念のため)
ちょっとした野外フェスのような、手づくり感のあるステキなパーティー。

新郎側は大学時代の友人もいたけど、最近のつながりではほとんど全員が「スタッフ兼任」という感じ。
ぼくも司会と演奏などで参加させてもらった。


大好きな人たち、そして何度かは会ってるけどまだそこまで親しくなっていない人たち、はじめましての人たち、etc…。
みんながみんな、「二人のために自分ができることは何でもするよ」の想いで集まっていたんだと思う。

もちろん、どうしても人数の上限がある。
二人が呼びたかった人、どうしても来れなかった人、今日集まった人たちと想いの点では同じ人たちもたくさんいるだろう。

いずれにしても、ぼくもその想いで、できる限りのことをしたと思う。


どういう想いで歌うのか。
それが歌ではなく、自分の想いの伝え方でも同じだけど。
それは別に正解があるわけじゃない、ただ今日はこう感じた、それを綴っておこう。
(正確には昨日の夜、帰ってきて少しハイになったまま、メモしたこと)


たくさんの人に何かを届けたいとか、そんなときもある。
でもたぶん、それでうまくいった試しがない、そんな氣がする。

誰か一人でもいい、それが誰か特定されていなくてもいい。

昨日の場合はある意味とてもわかりやすい、何よりも「二人に喜んでもらいたい」、それに尽きる。

そしてそんなときには必ず、鏡を見るように「自分も楽しめてるかな?」って確認をしてみる。
なぜって、二人にとってはその日のゲストそれぞれが「楽しんでくれてるかな?」ってことが一番の関心ごとのはず。
だから、二人が喜ぶことって結局、「楽しかった、今日はほんとにありがとう」って心から伝えられること、なんじゃないかな。

だから、歌を歌うことに見返り的なことを求めるのではなく、けれど誰か一人にちょっとでも心に届いたとしたら、やっぱり嬉しくなってしまう。

極端に言えば、それをぼくが知らなくてもいい。
一方的な片想いみたいなものかもしれない、レスポンスを変に要求する必要もない。

それで、氣付くと「歌いたい」って思うし、また歌がつくりたいと思う。


帰り、暗くなった川沿いの道を自転車で帰る途中、歌になりそうなフレーズが浮かんでくる。
「宝探しのように毎日を生きてる」
また曲が生まれるかもしれないし、氣付いたら消えてしまっているかもしれない。
もしかしたら使い古されたフレーズなのかな?だとしても、実感から出てきたものだから、とりあえずここにも残しておこう。


そう、誰だっていつも見返りばかり求めて生きているわけじゃない。

ふと立ち止まったときに、虚しさや淋しさを感じたときにこそ、「自分はこれでいいんだ」って、そう思えたらいい。
そういうときの方が、不思議と得るものが多い。

いや、いつだって恩恵はそこにある、そのことに氣付くだけでいいはずなんだ。
その目を覆っているものはなんだろう?


そう言えば。
昨日の朝は、はちみつトーストとフレッシュなハーブティー、そしてこの笑顔からはじまった。

f:id:serendippo:20161017134409j:image

実はしあわせって、「前払い」的に受け取ってたってことが、たくさんある。
それが人生のおもしろいところ、かもしれない。
せっせとその恩を、楽しく返していく。

例えば「親孝行」がそうであるように、ただし「孝行」という言葉はここでの趣旨にはどうもそぐわない氣がするので、また改めて考えたい。
だって、自分が「親」になった今、世間一般で言うところの「親孝行」をしてほしいとはまったく思わない。
むしろ、いわゆる「子育て」の中でもまた、たくさん受け取っているものがあると感じる。

ほんと、「呼吸」と同じ、逐一「ジャッジ」する必要なんてない。

友人が言ってた、「呼吸」を吐くときって、それが周囲にいいことだろうか?なんて考えない。
そんなような話だった、ほんとそうだよね。
それがどう受け止められるかは、相手に委ねる、それでいいんだと思う。

だから、今まで受け取った恩恵をお返ししたい。
そんな純粋な感覚を何かの動機にするのはいいことだけど、そこにこだわる必要もない。

そう、いつだってたくさんの恩恵を受け取っている、だからそれをお返しする一つのやり方として、ぼくはまた歌うんだと思う。
そこをたまに意識して、だけど考え過ぎたりジャッジすることを手放して、「呼吸」のように歌を歌えたらいいな。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん