とむやんの氣まぐれ雑想記

“探幸王”を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

雑?!エンターテインメント☆


「雑」という言葉を、今年はますます注目していきたい、と思っている。

そもそもは、環境運動家の辻信一さんが著書などで書かれていて、おもしろいなぁと思っていた。
作家の高橋源一郎さんとトークイベントなども開催したそうだ。

「雑」には、「とるに足りない」とか「まぜこぜ」といった意味合いもあるけれど。
こんな状況だからこそ、再評価されていいのではないか。


ちなみに、このブログのタイトルにも「雑」を入れています。
「雑想(ざっそう)」って、響き的にも結構お氣に入り。
(思い付いてすぐ検索してみたら、やはり既によく使われているみたいで、それはそれでちょっと嬉しい)

辻さんは、「生物多様性というけれど、「雑」はそれを超えて完全な調和をつくり出している」と言う。
前回書いた「調和の回復」を考える上でも、この「雑」という概念がキーワードになるかもしれない。



なぜ急に、「雑」のことを書く氣になったかというと。

ひとつには、正月には欠かせない「お雑煮」を食べたときに、「雑」のことを思い出したから。
「雑煮」というのは地域によっても家庭によっても本当にさまざまで、まさに「雑」そのものだと言える。

そして、この「雑煮」を食べていたら、世の中のこともより考えやすくなるような感覚があった。

ネットには、「お雑煮多様性マップ」なんてものもあって、なかなかおもしろい。

日本全国『お雑煮多様性』マップ 珍しいお雑煮がいっぱい – grape [グレイプ]




辻さんは、「ものごとを単純化しようとする今の現実」を危惧している。
単純化して結論を出すことに焦る、そんな流れに対抗するのが、「雑」だというわけだ。

そういえば、こんなことをふと思い出した。
珈琲を淹れるときは、できるだけ「雑味」が入らないようにする。
早く抽出すれば「雑味」は出にくい、遅過ぎれば「雑味」が多くなる。
けれど、「雑味」がまったくない方がいいかというと、それでは深みがなくておもしろくない。
やはり、適度に時間をかけることが肝要だということか。



今日は妻と一番下の息子と、senkiyaさんへ行ってきた。

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埼玉県川口市にある一軒家を改装したカフェで、周囲にはギャラリーや工房などが集まる。
そこは今、「KAWAGUCHI SHINMACHI」として一大拠点となっている。
(もちろん、従来の価値観の「一大拠点」とは全然違うだろうことは、強調しておきたい)

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はっきり言ってしまえば「僻地」なわけだけれど、むしろそこに県内外からたくさんの人が来る。
今日もカフェのみランチなしの営業にかかわらず、着いたとき(15時過ぎ)には満席だった。

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まさにここは、褒め言葉としての「雑」の、見本のような場所。

大都市では「雑味」が排除される傾向が強く、だからこそつまらなくなっている氣がする。
(東京のオリンピック関連のことは、まさにその象徴のよう)

だから余計に、こういう流れに敏感な人が増えているんじゃないだろうか。

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(↑これは妻が撮ってくれました)


「雑」に注目すれば、人生も世の中もますますおもしろくする、かもしれない。
今ぼくがやっていることもやりたいことも、そういえば「雑多」なことだよなぁ、とつくづく思いつつ。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん