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とむやんの氣まぐれ雑想記

“探幸王”を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

「氣」、使い過ぎ?


前回書いたように、3月3日は自宅で【ABC】を開催しました。

こんなゆるいイベントでも、来てくれる人がいて、本当に嬉しい。
ありがとうございました☆



そのときに喋ったこと、ちょっと付け足して書き残しておこうと思います。
「氣遣い/氣を使う」ということ。

ところで、上の二つ、漢字が違うのだけどお氣付きでしょうか?
厳密に言えば、〈氣を遣う〉は間違いなんだそう。

それでふと思ったのだけど、〈氣遣い〉と〈氣を使う〉は若干ニュアンスも違うんじゃないかな、と。
(ちなみに、「氣」を旧字体にしているのはいつものことなので、スルーで)

本来どちらも、「相手のことを思いやる」意味合いのはず。

けれど、〈氣を使う〉となると、神経をすり減らしている感じがある。
なぜだろう?と考えると、どうやら「自分の意にそぐわない」ことを「やらされている感」が含まれているんじゃないだろうか。

例えば、〈空氣を読む〉といったことも、本来は大切な感覚だったのでは?と思う。
なのに、いつしか自発的な部分よりも、「暗黙の強制」に押されて「氣を使わざるを得ない」状態になったりする。
そうなると、しんどくなるのは当然のこと。

「風を読む」場合は、「風に流される」ってことじゃない。
どう流れているかを知った上で、どっちへ進むのか舵を取る。


キーになってくるのは、やはり「人からどう見られるか」ってこと。
人の評価を氣にすることがイコール、〈氣を使う〉ことになってしまっている。
自己保身的で、空回りしている感じ。

対して、〈氣遣い〉というのは「できる範囲で自発的にする」、という感じ。
それなら、あまり氣疲れしなくて済むんじゃないかと思うのだけど。



ポリティカル・コレクトネス【political correctness】という言葉がある。
日本語では「政治的妥当性」などと訳される。

職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・性別などなど。
それらの違いによる偏見や差別を防ぐため、中立的な表現や用語を使おうということ。

この「PC」自体は、本来とてもいい動きだったのだと思う。
けれど、やはり過度に反応してしまうケースが多く、「言葉狩り」だとの批判もある。


さて、ここで言いたいのは、いつものことだけど、「二元論」的議論じゃない。
それがいいとか悪いとかの問題じゃなく、あくまでもバランスの問題。

社会全体が過剰に反応し過ぎて、アメリカでも氣疲れしている人が増えているらしい。
そしてそれがどうも、「トランプ旋風」の原動力にもなっているとか。

言うまでもなく、暴言を許していいわけじゃない。
そのために、自発的に言い換えようというのが、「PC」の意図だったはず。

それなのに、「もうウンザリ」した人たちが逆方向に急旋回してしまう、その氣もちはわからないでもない。

ある種の〈正しさ〉というのは、どうも窮屈さを覚える。
押し付けられた〈正しさ〉に従って動くと、結局は自発性が削がれてしまう。
(〈正しさ〉をどう定義するかは、非常にむずかしいところ)


日本での「PC」は、職業名の言い換えなどで特に、馴染みがあるだろう。
保父/保母」が「保育士」に、「家内」や「主人」は使うべきではない(「妻や夫、パートナーやつれあいはOKだそう)など。

こういうことは大事なことだけど、場合によっては「言い換えさえしておけばいい」ということになり、問題がすり替えられてしまいかねない。
言い方に氣を付ける以上に、そのことに意識を向けられたらいいんだろうな。


最後にもうひとつだけ。
人にお土産などを渡すときの、「つまらないものですが」という言い方、今ではもう「NG!」なんだそう。

「つまらないものを贈るなんて失礼な」って、本氣でそんな風に思うかな?
確かに、自分を低くすることで相手を立てるという「謙遜」のあり方はどうかと思うし、時代遅れということでいいとは思う。

ただ、「恩着せがましく」ないように、相手に余計な氣遣いをさせまいとする、そういうのってそんなに悪い〈氣遣い〉じゃないって思ったりする。

何となく、〈氣を使う〉ことがしんどくなってきて、〈氣遣い〉まで億劫になってしまう、今はそんな傾向もあるのかも。
現状で、みんなもう充分過ぎるほど〈氣遣い〉しているはず、なんだけどなぁ。

誰かが変に「がんばっちゃう」と、結局みんな「氣が抜けない」。
実はそういうのが一番、周りが〈氣を使う〉んだよね。

しかも、そういう人に限って「氣遣いができないヤツだ」とか、「アイツにはやたら氣を使う」とか、人の悪評を流す。
そういうただの「やっかみ」とか「妬み嫉み」とかで、人のことをとやかく言うと、自分の首が余計に締まるのにね。


そんなこんなで、まとまりそうでまとまらなかったけど(笑)
今日のところは、この辺で。


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(↑あかね軒の桜餅、関西はやはり道明寺ですね)


                    せれんでぃっぽ☆とむやん