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毎月第二土曜日は、守山のあまが池で「Organic Be-er Garden Party」があります☆
11月は雨のため、中止でしたが。
今月は、12月12日に開催の予定ですよ♪
さて、今回書くのは先々月(2015.10.10)のことなので、だいぶ間が空いてしまったけど。
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朝食は、最近いつもお粥が定番の我が家。
だけど、マルシェイベントの次の日などは、ちょっと贅沢な食卓に♡
たとえば、10月のビアガーデン翌日。
「金森商店」のマフィンと、「くいしんぼう家族の台所」のスコーン。
そして、「酵母パンまひろ」のタカキビのコロッケでした☆
どれも美味しかったのは言うまでもないのだけど。
顔の見える関係性で、というのがポイント。
実はスコーンはいただいたもの、コロッケは玄米おむすびと交換…って、これもいただいたも同然。
本当にありがたいなぁと思いつつ。
その前日のオーガニックビアガーデンで、「酵母パンまひろ」のパンプレートを食べたら感動的に美味しくて。
そのことを伝えたら、もってって!と言ってくれて。
もってたタッパーに玄米おむすびがあったので、それと交換。
って、何だか「わらしべ長者」みたいだなぁ♪
タカキビは自分でもたまに使うけど、料理って本当に人によって美味しさが変わる。
ところが、見た目だけではただのコロッケ。
まあ、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど…
個人的には、この小さな氣付きは大きな意味があったと思う。
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そんなことを朝食を食べ終えてから、あれこれ考えてたら。
ふと思い出したのは、映画の中のワンフレーズ。
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまでわからない」。
『フォレスト・ガンプ』という映画の中に出てくるこの言葉は、ガンプの母親の口癖…だったっけかな?
映画の名言集みたいなものにも登場する、比較的有名なセリフだ。
だけどぼくは、最初にそれを聞いたとき、いまいちピンとこなかった。
たぶん、映画の時代背景も加味しないと理解できないのかもしれない。
チョコレート、しかも箱入りの選り取り見取り、滅多にないワクワクする瞬間。
飽食の時代と言われる今、そのありがたみは半減しているかもしれない。
それとはちょっと違うかもしれないけど。
「人生はタカキビのコロッケ、食べてみるまでわからない」。
ちょっと陳腐かな…?
でも、ふとそうなんだなぁと、その朝食後に浮かんだんだ。
やってもみないうちから「どうせやっても」ってことが、世の中多いのかもしれない。
自分もそうだった、箱を開けてガッカリしたくない、そんな怖れの方が強かった。
どうせ「すっぱい葡萄」と吐き捨てるより、ワクワクしている人生の方がいい。
失敗もあるけど、氣にならなくなってくるし、不思議と失敗も減ってくる。
たぶん、このパンプレートはかなり手がかかるはず、とか。
そして、この人のつくったコロッケなら美味しいだろうな、とか。
そういう意味では、食べてみる前からわかってるとも言える。
最近は直感的なものにこそ頼った方がいいと信じてるから、そんなことも関係してるんだろう。
コロッケだけじゃなく、マルシェイベントも同じだと思う。
関東にいたときから、渋谷のアースデイマーケットに毎月のように行っていた。
滋賀に来てからも、マルシェがあればできる限り行きたいと思って、いろいろなところに出向いた。
結局、人と人との「関係性」なんだと思う。
この人に会えるのが嬉しい、その瞬間にしかない「一期一会」を楽しみに行く。
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そんなことを朝食を食べ終えてから、あれこれ考えてたら。
ふと思い出したのは、映画の中のワンフレーズ。
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまでわからない」。
『フォレスト・ガンプ』という映画の中に出てくるこの言葉は、ガンプの母親の口癖…だったっけかな?
映画の名言集みたいなものにも登場する、比較的有名なセリフだ。
だけどぼくは、最初にそれを聞いたとき、いまいちピンとこなかった。
たぶん、映画の時代背景も加味しないと理解できないのかもしれない。
チョコレート、しかも箱入りの選り取り見取り、滅多にないワクワクする瞬間。
飽食の時代と言われる今、そのありがたみは半減しているかもしれない。
それとはちょっと違うかもしれないけど。
「人生はタカキビのコロッケ、食べてみるまでわからない」。
ちょっと陳腐かな…?
でも、ふとそうなんだなぁと、その朝食後に浮かんだんだ。
やってもみないうちから「どうせやっても」ってことが、世の中多いのかもしれない。
自分もそうだった、箱を開けてガッカリしたくない、そんな怖れの方が強かった。
どうせ「すっぱい葡萄」と吐き捨てるより、ワクワクしている人生の方がいい。
失敗もあるけど、氣にならなくなってくるし、不思議と失敗も減ってくる。
たぶん、このパンプレートはかなり手がかかるはず、とか。
そして、この人のつくったコロッケなら美味しいだろうな、とか。
そういう意味では、食べてみる前からわかってるとも言える。
最近は直感的なものにこそ頼った方がいいと信じてるから、そんなことも関係してるんだろう。
コロッケだけじゃなく、マルシェイベントも同じだと思う。
関東にいたときから、渋谷のアースデイマーケットに毎月のように行っていた。
滋賀に来てからも、マルシェがあればできる限り行きたいと思って、いろいろなところに出向いた。
結局、人と人との「関係性」なんだと思う。
この人に会えるのが嬉しい、その瞬間にしかない「一期一会」を楽しみに行く。
箱を開くような場面が、たくさんある。
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまでわからない」って、逆説的な言い方なんだろうな。
開けたらいいんだ、そしたらわかるよって。
あなたはあなたの人生を信じていいよ、突き進んで大丈夫。
そんな意味にも思えてきた。
「人生はタカキビのコロッケ、食べてみるまでわからない」。
書いてみると長々とまどろっこしくなってしまうけど、人生あまり考えずにやってみることの方が大事なのかもね。
そんなことを改めて思う。
せれんでぃっぽ☆とむやん
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまでわからない」って、逆説的な言い方なんだろうな。
開けたらいいんだ、そしたらわかるよって。
あなたはあなたの人生を信じていいよ、突き進んで大丈夫。
そんな意味にも思えてきた。
「人生はタカキビのコロッケ、食べてみるまでわからない」。
書いてみると長々とまどろっこしくなってしまうけど、人生あまり考えずにやってみることの方が大事なのかもね。
そんなことを改めて思う。
せれんでぃっぽ☆とむやん