とむやんの氣まぐれ雑想記

〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

No Revolution, 農 Life.


先週、友人のちゃたくんに誘われて、イベントに参加してきました。
『Final Straw - 自然農が教えてくれたこと』という映画の上映と、トーク

特別ゲストはLarry Kornさん。
福岡正信さんの『わら一本の革命』の英訳を担当して、福岡式自然農法を世界に紹介した、実はかなりすごい人。

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などと言いつつ、ぼくはこのイベントの詳細をあんまりわかっていなくて。
でも、ちゃたくんがプッシュしてくるし、まあ行った方がよさそう、ぐらいのノリで(笑)

結論から言えば、本当に行ってよかった。
(ちゃたくん、ありがとう!)


場所は近江八幡にある、だもん亭。

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だもん亭も初めて行きました、ステキなところだった~。

ワンドリンクで選んだのは、イチゴとバルサミコ酢の「シュラブ」。
「シュラブ」とはビネガードリンクのことで、最近はお酢をつかったドリンクが流行っていますね。

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シュラブも、そしてハムのパニーニも、美味しかった。
いいイベントには、やはり美味しいものは欠かせません☆



映画『Final Straw - 自然農が教えてくれたこと』とは。
日本で自然農を広げた川口由一さんをはじめ、韓国、そしてアメリカで自然農ムーブメントをリードする人たちのドキュメンタリー映画
Larry Kornさんも出演されています。

上映の後はLarry Kornさんのお話と、終わり際には簡単な自己紹介&交流会。
かなり濃い内容だったので、当然のようにあっという間にタイムリミット。

Larry Kornさんは、元々アジア文化に興味があったけど、日本には来る予定ではなかったそうです。
それが運命的に日本に来ることになり、福岡正信さんに師事。
そして、『わら一本の革命』の英訳に携わることになって。

今回なんと、40数年ぶりの来日なんだそうです。


ちなみに『わら一本の革命』、ぼくはまだ読んでいません。
〈農的くらし〉にはシフトしたいなと思いつつも、全然氣もちが上がらないまま。

これを機に、読んでみたいなと思っています。



従来の「安定志向」の生き方とはちがった、「ワクワクをベースにしたくらし」が今のぼくの大きなテーマ。
このブログのサブタイトルも、「〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります」としています。
(自分でもちょっと忘れてましたけど(笑))

じゃあ、実際どんなことをしていくのか、というと。
やはり「自給自足」的なことは、重要な要素となるだろうとは薄々感じていました。

でも、いわゆる「農業」に関することを、正直今まで避けていたんです。

食べることも料理も好きだし、オーガニックや自然農にも興味関心はある。
なのに、自分が〈農的くらし〉をする、ということにだけ妙に抵抗感がある。


『Final Straw - 自然農が教えてくれたこと』という映画は、他の人たちにとってどうだったのかは、よくわかりません。
批判、というわけではないと思うのですが、上映が終わった後で「異論」が上がったりもしました。

でも、ぼくは単純に「畑に行って土をいじったり種を蒔いたり、してみたいなぁ」と思ったのです。
だから、上映会自体もぼくにとってはとてもよかった。



後で氣付いたのですが。
ウクレレも、楽器とかやったことない人にとっては、すごくハードルが高い。
なぜか、「私なんかがやっていいのか」みたいな、ヘンな申し訳なさが出てしまう。

ぼくも、それに近い感覚だったのだ、と思います。

わからないから、「やっちゃいけない」とさえ感じてしまう。
そんなときに、「そんなんじゃダメだ」と言われたりしたら、また固く扉を閉めてしまうでしょう。

だから、ぼくがやるウクレレサロンでは、「誰でも楽しめる」「楽しんでいい」ってことを意識してきた、そんなことを改めて思いました。


そんなわけで、家で借りている畑の手伝いを早速してきました。
ちなみに、妻は「ご縁NO円(農園)」と名付けたようです。

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妻がメインで、子どもたちも一緒になって草を引いたり種を蒔いたりしています。
あまり広くはないし、周囲の畑と比べるとだいぶ「異色」の菜園だと思われるでしょう。

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エンドウマメも、他のと比べると半分くらいの背丈。
だけど例年、とても美味しい豆ができています。

今までも、収穫や支柱立てなど、部分的には手伝ったりしてきました。
でも、勝手がわからないので、あまり手を出さないようにしてました。


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ソラマメの花、意識して見たのは初めてかもしれません。
美しいなぁと眺めてみることも、〈農的くらし〉の第一歩かなぁ。


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一昨日は、植わっていたネギを掘り上げて、種蒔きの準備を手伝いました。
種を蒔くのは子どもたち、子どもの方が発芽率がいいらしい。

ちなみに、掘り上げたネギは「干しネギ」にするんだそうです。
「干しネギ栽培」は、一度干したものを植え直すことによって発根が促され、大株に育ちやすくなるだとか。



「わからないからダメ」じゃなく、「わからないからこそ、おもしろい」。
その辺から、扉を開いていけたらいいなと思います。

音楽だってそうだけど、奥深さはいくら探究してもしきれない。
ぼくも音楽をやるのは「上手い」からじゃないし、そこで人と比べていたらたぶん続けていなかったでしょう。

作曲だっていまだに理論がよく「わからない」、でもそれでいいやって思えたときから、曲がつくれるようになったり。
演奏も作曲も、「おもしろい」や「楽しい」があってこそ。

畑のことも、そうやってちょっとずつ、楽しんで続けていけたらと思っています。


そうそう、だもん亭にはこんな張り紙がしてありましたよ。

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こんな「ご時勢」だからこそ、こういう氣構えが嬉しいし、自分も大切にしたい。

相手を制限して、優劣をつけたり「正しさ」に固執したり。
だけど、「わかってない」という人ほど、何もわかっていないという、これまた何て皮肉なパラドックス


連想で浮かんだのは、「No Ban No Wall」。
トランプ政権の移民政策に抗議するデモで掲げられたメッセージのひとつ。

検索をしてみたら、Neil Young&Promise of the Realの『Already Great』という曲が出てきて。
「No wall. No ban. No fascist USA」という歌詞、Japanと置き換えたくなるね。

そして、タイトルにもなっている「already great」。
「あなたはすでに偉大な存在だよ」って歌うNeil Young、さすがだなぁ。

これは何も、傲慢になれと言っているわけじゃありません、言うまでもなく。


前回のブログで書きたかったのは、その辺のことかもしれません。

自分もまた地球の一部であり、宇宙の一部なんだってこと。
一部、というよりは「個であり、全体でもあり」ということになるのかな。

そういうことを「思考」するよりも、せっせと土いじりした方が〈真理〉に近くなる氣もしますが。
その辺のことは、また改めて書けたら書こうと思っています。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

筋の通った蕗。


今日4月22日は、アースデイ
地球のことを考えて行動する日。

先日の「ぷちアースデイ」のこともいろいろ書きたいし、〈農的Life〉についても関連させて書いてもいいのですが。
今日はちょっと別の話。



先日、友人から蕗をいただきました。

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自分で料理してみたくなったので、下処理を調べてやってみました。


まずは「板摺り」と言って、塩を振りかけてまな板の上でゴリゴリと転がす。
それをすることで色が鮮やかになったり、アクも取れたり皮も剥きやすくなったり。

それから、3~5分ほど下茹でをする、知らなかったなぁ。

皮はおもしろいように剥けました。

ちなみに、今改めて調べたら、両サイドから皮を剥くと剥き残しがないようです。


調理の方は、今回は炒め煮にしました。

油で、蕗と種を除いた赤唐辛子を炒めて。
塩と酒を加えて、10分ほど煮て完成。

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シンプルだけど、美味しくできました。



蕗の皮剥き、途中から長男にも手伝ってもらいました。

自発的に促さないと、やってくれないことの多い長男。
(まあ、当たり前と言えば当たり前ですが)

このときはいいタイミングで傍に来たので、何氣ない感じで「蕗の皮むき、やる?」とさりげなさを装って聞いてみました。
それがよかったのか、二つ返事で「やる!」と。

いろいろお喋りしながら、あっという間に作業終了。

自分でやったからということもあって、長男も「美味しい」と言ってよく食べていました。



今、「人に頼る」ということが自分の中のちょっとしたテーマになっていたりします。
反対の「頼られる」ということもそうだし、その先には「どう断るか」ということもあったり。

先日も友人と(蕗をくれた人とはまた別の友人)そんな話をしたのですが。
「能動的/受動的」や「主体性」というのが、大きな要因だったり。

「頼る/頼られる」は、「与える/受け取る」ともかなり共通していると思ったり。
結局、そうではない「奪う」ようなことがさまざまなバランスを崩しているんじゃないか、と感じたり。

双方にとっていい関係は、地球環境を考えるにあたっては特に重要になってくるはずです。


アースデイである今日、その辺のことをあれこれと書いてみたいな~と思っていたのですが。
もう眠くて考えられないので、またの機会に。

下手の考え休むに似たり、という言葉もありますしね。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

積み重ねない、ということ。


昨日(2018.4.16)は牡羊座新月、だったそうですね。
(日付が変わっているので、正確には一昨日)

牡羊座は12星座のはじまり。
なので、何かをスタートさせたり、誓ったりするには絶好の機会。

そして、天王星が何か関係してくるみたいで。
(ごめんなさい、よくわかっていません)
いずれにしても、天王星は「革命の惑星」なんだそう。

一ヶ月後の5月16日に、牡羊座から抜けて牡牛座に入る天王星
牡羊座に入ったのは、2011年3月12日。

天王星は7年かけて、星座をまわっていくのですね。


占星術とか、全然理解できていないのですが。
でも、今の自分がまた大きな岐路にいる、そんな氣がしています。

前回告知した、「ぷちアースデイ」も無事終わって。
(その辺のことはまたいずれ)

自分なりに次のステージへ行きたい、そんな心境です。


だからなのか、今日は一日寝込んでいましたが(笑)
(末っ子の看病してたら、ぼくがダウンしてしまい、子どもはすっかり元氣に)



昨日は友人2人と、山本珈琲倶楽部へ。
朝ミーティングしてきました。

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(↑写真は昨日のではなく、以前伺ったときのもの)

たくさんおもしろい話が共有できて、ワクワク。
次の展開が楽しみです。


この朝ミーティングもそうなのですが、それぞれの「今」を聞いていくと、不思議と先のこと、夢だったりやりたいことが見えてきたりします。
逆に、未来のことをいきなり語ろうとしても、案外すぐには出てこない。

当然かもしれないけど、「今ここ」である現在地を確認しないと、「目的地」もはっきりしないのです。



以前ライブで、「バベルの塔」の話をしたことがあります。
今日はざっと、流れだけ。

バベルの塔とは、旧約聖書に登場する、天まで届くような巨大な塔のこと。
聖書は詳しくないのですが、興味はあって、一時期よく調べたりしていました。

それで、ニンゲンが天界まで届く塔を建てたことで、その不遜な態度に怒った神さまが罰を下した。
バベルの塔って、そんな話だと思っていました。

ところが、よく読んでみたら、ちょっと違う。
神さまは「さまざまな土地に、散らばっていきなさい」と言ったのに、ニンゲンはそれに逆らってバベルの塔を建てた。

それで、「罰」としてそれまで共通の言語しかなかったものを、多言語にすることで混乱をさせて、結局はさまざまな場所に散っていった。


そもそも、「罰」っていう解釈がどうも違う、というか。
もしかしたら「誤訳」に近いかも?って思うのですが、それはまた今後。

ざっくりと書いたので、間違っている点もあるかもしれません。
調べて、また改めて書くつもりでいます。


今日、ここで言いたいのは。
バベルの塔だけじゃなく、もしかしたら実は〈バッドアイデア〉なのかもなぁと。

経験を積み上げていく、それはとても大事なことではあるのです。
でも、同じやり方を繰り返していくのって、どこか「上に積み重ねていく」イメージ。
それで、ある程度まではうまくいくはず。

だけど、そこで今度は「横に拡げていく」ことも必要になってくる。
それこそ、積み上げたものを崩してしまえばいい、そんなイメージ。

〈実績〉はいいものだけど、それをあんまり大事に抱え込まない、というのかな。
それが行き過ぎると、過去の〈栄光〉にすがることになったり、不遜な態度になったりしやすい。

神さまって、そういう行為に対して「怒って」いるんじゃなくて。
「それだとうまくいかないよ」って言ってくれているだけ、なのかもしれません。

そう言うアドバイスを、だた「怒られた」って捉えちゃったりすること、結構あったりするんじゃないかな。


ぼくにとって、今は積み重ねたものを、崩す時期かもしれない。
さまざまなことを違うやり方を模索したり、ブラッシュアップしてみたり。

タイトルには「積み重ねない」と書いたけど。
積み上げること自体はいいとして、それをある段階で「崩せる」かどうか。

そういえば、藤原先生の『戦争と農業』に「つみき」のことが書かれていた、そのことともリンクしそう。
と、氣付いたところで、今日のところはこの辺で。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

Ska vi fika?


久々のブログです。

最近また、作曲活動?をしていて。
ここのところ力尽きて、あまりオリジナルソングをつくっていなかったので。

それで、歌詞を書いたりしていると、ブログに意識が向かなくなってしまいます。
SNS等もあまり見れなくなったり、普段からちょっと上の空だったり。

でも、今日(2018.4.14)はちょっとした告知もあるので、UPしてみます。



明日は、オーガニックつながるマーケットしが。
プチアースデイも同時開催です。

場所はいつもの、三井寺さんで。

実は、天候によっては中止になるかも?と、ちょっと心配していました。


プチアースデイ、出店もプログラムも、いつものマーケット以上に楽しみです。
盛り沢山なので、詳しくは以下のfbイベントページをご覧ください。

プチアースデイ」@オーガニックつながるマーケットしが


「マザーアースデイ2018」については、また改めて書きたいと思いますが。
今日は、明日のメインステージについて。



第二回目となる「ピースミーティングテーブル」。
13時30分から、ぼくもコーディネーターとして参加させていただく予定です。

ゲストが豪華、藤原辰史さんと伯宮幸明さん、そしてぼくのパートナーのメイコも参加します。

藤原先生と伯宮さんについては、今までも何度かブログで紹介させてもらいました。
このお二人の共演は、ぼくにとって「念願」でした。
それだけに、かなり楽しみにしています。

今回のプチアースデイのテーマは、「平和にむかって~ヒュッゲな暮らしと平和~」。
平和について、そしてそのキーワードとして「ヒュッゲ」。

メイコには、〈へいわのじかん〉や〈igokochi〉についても喋ってもらいたいなと思っています。

igokochi - とむやんの氣まぐれ雑想記


今、自分にとっては〈igokochi〉って、すごく重要なキーワード。
なぜローマ字表記なのかは、上記の記事に書いてます。

せっかくなので、「igokochi proposer」とかそんな肩書きをつくってもいいかなと思ってみたり。
(「propose」は提案する、英語的にこれでいいのか、よくわかりませんが)


話を戻して。

藤原先生は「食と平和」については、専門家。
伯宮さんも代表作が『百姓レボリューション』だし、つい最近『IKIGAI DIET』という英語のkindle本も出されています。
ちなみに、DIETは「ダイエット」のことではなく、「食生活」のこと。

メイコが主宰する「まなぶくらす」も、実は「一緒に料理をする」ということが要になっていたりします。

メイコのブログ


以前上映会をした『サティシュ・クマールの今、ここにある未来』の中でも、やはり食や料理は「平和」を考えるにあたっても、とても重要なキーワード。

上記のブログ〈igokochi〉でも、スウェーデン語の「フィーカ(fika)」について書きました。

「ヒュッゲ」も「フィーカ」も、明日のトークで出てくると思います。

是非是非、三井寺で会いましょう☆



さて、ここからは余談。

先日、その「フィーカ(fika)」に関する場所に行ってきました。

そこは、奇しくも三井寺にも近い、「Fika Coffee」というカフェ。
大津周辺でカフェを探していたとき、たまたまネットのマップ上で見つけたのですが。

トークで使えるかも?と思って、行ってみることにしました。

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サラダモーニング、オプションのあんこを付けて。

トーストはカフェのすぐ近くのパン屋さん、「dry river」のもの。
かなりのコストパフォーマンス、これは嬉しいところ。


せっかくなので、「dry river」にも寄ってみました。
噂には聞いていたものの、行くのは初めて。

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犬塚の欅という、立派なケヤキの角をすぐのところに、ひっそりとありました。

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いろいろあって迷いましたが、やはりシナモンロールは外せない。
今読んでいる『幸せってなんだっけ?世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な一年』にも登場する、スウェーデンで発明されたペストリーと言われています。

(写真は撮ったけど、あまり写りがよくないので、UPするのはやめておきます)

そういえば、この日(4月12日)は「パンの記念日/パンの日」でした。
1842年に「兵糧」としてのパンが、日本で初めてつくられた日、なんだとか。


さてさて、ここまで自転車で1時間。
せっかくなので、周辺をちょこっと散策してから帰ることに。

商店街を通ったり、湖岸を走ってみたり。
何となく、膳所駅にも寄ってみました。

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最近全然来ていなかったので、駅が新しくなってて、ビックリでした。

そしてこの後、何氣に曲がった初めて通る道で、車から知人に声を掛けられて、またまたビックリ。

ちょっとの時間でしたが、「フィーカ」も「ヒュッゲ」も盛り込んだひとときでした。

 

                    せれんでぃっぽ☆とむやん

桜の花のように。

今週のお題「お花見」


今回は、お題。
だけど、関係あるのかないのか、自分でもよくわかりません。
とりあえず、書いてみることにします。


友人で「はてなブログ」仲間、「かやつり草」のブログ。

1で動く - かやつり草


ぼくも以前、〈個活〉について書きましたが。

〈個活〉のススメ。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


それが上の記事とリンクするのかしないのか、本人と喋ってみたいところだけど。

それから、以前ブックカフェイベントで、「さびしさからはじめよう」をテーマにしたことがありました。

失恋状態ってなんなんだ? - とむやんの氣まぐれ雑想記

(↑そういや、この続きをまだ書いてない氣がする…)


あのあたりから、ずっと〈孤独〉はぼくにとっての大きなテーマ。
そして、〈孤独〉とうまく付き合うことこそ、「成功のカギ」だったりするみたいで。

おもしろいことに、一時期どの本を見ても〈孤独〉について書かれていたりして。
「さびしさ」というのは、実は原動力の素。
これもまた、改めてちゃんと書いてみたいな。



かやつり草のブログで書かれた「1で動く」ということを自分なりに考えてみると。
と言うか、ちょうど同じタイミングで似たようなことを考えていたところなのです。

なぜかと言うと、桜の季節、だから。

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桜の花って、ひとつひとつはとても小さい。

桜って、ひとつの蕾から複数の花を咲かせるんだそう。
その花の数を数えることで、「健康診断」ができるのだとか。

ウェザーニュース」の「花数調査」によると。
ソメイヨシノの場合、花の個数が6個以上は「とっても健康」、3個以下は「お疲れモード」。

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その桜の木が並んでいたりすると、ますます見事ですね。

今日(2018.4.3)はだいぶ散っていましたが、それはそれで風情があります。

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「お花見」のあり方は人それぞれなので、あれこれ言うのは無粋なのでしょうけど。
まあ、ひとつの「見方」として、話半分で読んでもらえればと思います。



せっかく「お花見」をするなら、もっと桜にあやかってみてもいいのかなって。

何かにチャレンジするとき、ひとつひとつはとても小さくて儚げでもいい。
それがすぐに散ってしまっても、また同じように小さく、でもたくさん花をつければいい。

どうも、「桜の花のように」なんて言うと、散り際ばかりがフォーカスされるようですが。
桜のように1年待たなくてもいいけど、何度もチャレンジできるって捉え方はあまりされない。

ましてや、「命を散らす」ことを美徳として、散る桜と重ね合わせるなんて。


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花が散っても、また何度も咲かせればいい。

そして、ひとりが咲かせる花は小さいものだとしても、想いを共有したら満開の桜のようになる。


だけど、不思議なのは。
「お花見」に来ている人たちには、その満開の桜のような美しさや力強さは感じられない。
桜を見に来た人たちが、その桜の花のようであったらいいのになぁと、そんなことを思ってしまう。
(もちろん、そうでない人もいるのでしょうけど)

まあ、それはどちらでもいい。

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春はどんな花も美しく、力強い。
そこからいろいろなパワーを受け取らせてもらう。


やっぱり案の定、全然まとまりがないですが。

自分たちもまた、花のように生きることができるのだと。
一度散ったぐらいではまだまだ、「今」を起点に何度でも咲くんだと。

桜や小さい花を見ては、そんなことを思ったり思わなかったり、そんな春の訪れを楽しんでいる今日この頃です。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

igokochi


前回書いた〈ヒュッゲ(Hygge)〉について。
やはりみなさん関心があるようで、fbのコメント等たくさん反響をいただきました。

今日(2018.3.28)は「居ごこちのよい暮らし体験会」の報告を書くつもりでしたが。
今回はその前に、〈ヒュッゲ〉を別の角度から見てみたいと思います。


前回も登場したアトリエイチイチのあーちゃんが、「cozy」という英単語がお氣に入りだった、とコメントに書いてくれました。
「cozy」や「coziness」は、英語で「居心地がいい」ということ。

そうそう、「cozy」はカフェの名前とかで聞いたことあったし、だいぶ前に調べたこともあったなぁ。
この「cozy」って、あの銀座に本店を置く洋菓子店にも使われている単語なの?って。

結論としては、綴りも同じ、そして会社案内には「憩いの場所」が社名の由来、としっかりと書いてありました。
そう考えるとだいぶステキな名前を付けたよな、「憩い」とは正直だいぶ遠い氣がするけど、個人的には。

ちなみに、滋賀と京都には店舗がないみたい、もちろん全然必要ないですけどね。



そう、前回も書いたんだけど、この国ではまだ〈ヒュッゲ〉的な感覚自体が全然浸透していない。
そういう意味では、言葉だけが「独り歩き」してしまう可能性の方が高いのかも?


例えば、スウェーデン語の「フィーカ(fika)」という言葉。
意味としては「珈琲を飲む」、日本語で言うところの「お茶しない?(Ska vi fika?)」ってことらしい。

でも、現代日本での「お茶」の感覚とはちょっと違って、スウェーデンでは「fika」の時間を「重要な文化」だと考えているみたい。
つまり、「コーヒーブレイク版〈ヒュッゲリ〉なひととき」という感じ。

これもまた、日本語で該当する言葉がなさそう、そういう文化や感覚そのものが希薄だものね。

だから本当は、多くの人のマインドが変わっていくことを待つのがいいのかもしれない。
そう思いつつ、自分は思い付いたことをやっていくだけ、ですけど。



先月、伯宮さんのお宅にお邪魔して、縁側でお喋りさせてもらったときのこと。
(それもまさに〈fika〉であり、〈hyggelig〉なひとときでした)

〈ヒュッゲ〉という言葉もいいけど、やはり日本語独自の表現があるといいですね、そんな話もしました。

ぼくが例えとして出したのが、〈LOHAS〉という言葉。
「Lifestyles of Health and Sustainability」の頭文字を略したもの、つまり「健康的で持続可能な生活スタイル」という意味。

ただ、これって「マーケティング用語」なんですよね。
つまり、「健康や環境問題に関心の高い人々」を消費に向かわせるための戦略。

だから、ぼくはそれを知ったとき、「何だかな~」ってちょっとガッカリしたのです。

でも、シンガーソングライターのアンニャ・ライトさんが、「SLOHAS(Slow Lifestyle of Health and Sustainability)」を提案して、同名のライブツアーをされて。
(実はそのとき、実家のカフェでもライブをしてもらいました(2008.6))

「S(Slow)」が付け加えられるだけで、消費を促す〈LOHAS〉から消費を減らすマインドへとシフトチェンジさせてしまう。
見事ですよね、まさに「目から鱗が落ちた」氣がしました。

「おかしい」とか「それは違う」って、氣付くことは大切。
だけど、その力をそのまま利用して軌道を修正することで、真逆の状態にもできる。
よくは知らないけど、何だか「合氣道」みたいな、そんなイメージ。


だからやっぱり、〈ヒュッゲ〉と並ぶような言葉を考えたい。
言葉が最初にあって「独り歩き」させることで、変わることって案外多いのかもしれないから。



つい最近、日本語の「生き甲斐」が世界で注目されている、という記事を見ました。
それによると、4つのことが重なっている部分、それがその人にとっての〈ikigai〉だというのです。

そう、「生き甲斐」がそのままローマ字表記されて、「ikigai」になっている。

ちなみに、その4つとは。
「大好きなもの」、「世の中が必要としているもの」、「対価を得るに値するもの」、「得意なこと」。

その4つを満たしたものが〈ikigai〉、わかるようなわからないような。
何となく、日本語の「生き甲斐」とはニュアンスが違う氣がします。


それはさておき。
それを真似して、いっそ〈igokochi〉でもいいんじゃないかと。

どうだろう、流行るかなぁ。
(流行らなくてもいいんだけどね、別に)



だいぶ遠回りしましたが。

明日3月29日[木]、自宅アパートで〈へいわのじかん〉をします。

そして、今回のテーマは「〈igokochi〉(いごこち)」。

あなたにとって、「igokochi」がいいって、どんな感覚ですか?
また、そんな時間/空間を共有することができたなら、それこそが〈へいわ〉の一歩になるかもしれない。


4月15日[日]に、三井寺で開催される「プチアースデイ@オーガニックつながるマーケットしが」。
そのメインステージ13:30からのプログラム、「ピースミーティングテーブル」に、妻とぼくが参加します。
伯宮幸明さんと、藤原辰史さんとご一緒できるなんて、本当に夢のよう。

それで、今回の〈へいわのじかん〉でお喋りしたことを、「ピースミーティングテーブル」でもシェアしたいなと思っています。
しかも、今回の「プチアースデイしが」自体が、「平和にむかって~ヒュッゲな暮らしと平和~」なんですよね。

告知としては直前過ぎますが、こういうものはタイミングなので、よかったら是非。


〈へいわのじかん〉
日時:
3月29日[木]
10~12時ごろ
場所:
キシダ家、栗東川辺の自宅アパート1F
参加費:
ハートマネー(こころ付け)をお願いします。

滋賀・栗東/へいわのじかん

(↑fbのイベントページ、あります)



ちなみに、今日は自宅アパートde珈琲スタンドのようなもの、やっていました。

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カリタ式のドリッパー、かなり久々に使って、淹れてみました。
氣もち、ちょっと酸味が強めに出た、かな。

その他、アイスコーヒーを急冷ドリップで淹れる方法とか。
これも半年振りだったので、メモを引っ張り出して。

おかげさまで、〈ヒュッゲリ〉なひとときとなりました、ありがとうございました☆


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夕方、買いものに行く途中。
あっという間に桜が満開状態ですね。

空にはお月さま、もうすぐ満月。


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ヒュッゲリなひととき。


先週の土曜日(2017.3.17)、日野(滋賀県日野町)のたかまど家へ。
「月イチスケッチの会」で、珈琲を淹れに行きました☆

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「月イチスケッチの会」は、アトリエイチイチあーちゃんの企画。
さまざまな場所に行って、各自好きなようにスケッチしたり、しなかったり。
その感じが、とてもいいのです。

月に一度くらいのペースで、日常の中に「描く時間」をつくる。
絵の描き方を習う「教室」や「レッスン」ではなく、あくまでもそれぞれが楽しみを見つける。

あるようで、なかったよね。


以前、琵琶湖畔でのスケッチの会にも参加させてもらい、それもとてもよかった。

〈個活〉のススメ。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


今回は室内、しかもぼくは初めて訪れるウワサの友人の家。
期待が高まります。

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結論から言うと、期待以上でした。

家がまずステキ、ぼくは結局スケッチはしなかったけど、絵になる構図がたくさんある、そんな感じです。

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大人も子どもも、まあまあ人数いたけど、広い家なので全然圧迫感がない。

みんな黙々と、と言ってもあまり根詰める感じでもなく、とても豊かな時間が流れていました。

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スケッチの会で、個人的に「おもしろいな~」と思うのは。
参加する人は大抵みんな、「自分は絵が下手で」とか「ニガテなんだけど」と、同じようなことを言うのです。

でも、蓋を開けてみれば、誰もが結構熱中してしまう。
それで、最初の言葉とは裏腹に、個々にちゃんといい絵を描くんですよね。

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(↑最後にはその場で展覧会、これがまたいい)


きっと、「〈上手く〉描かなきゃ」っていう観念が強いのかもね、この国では特に。
もちろん、ぼくにもまだまだその観念、残ってたりします。


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アトリエイチイチのあーちゃん(ちなみに、ぼくの周辺の人はあさちゃんと呼んでます)は、それでもやっぱりずば抜けて〈上手い〉。
でも、〈上手い〉以上に感動的というか、「心が動く」ような絵なんです。

それって結局、「ワクワクすること」をしているから、なんじゃないかなぁ。
〈上手く〉描こうとすると、どっか「やらされてる感」になってしまう。


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「手前味噌」かもしれないけど、ぼくも最近はそういう感覚で珈琲を淹れています。

以前は「上手に」とか「美味しく」とか必要以上に氣張っていたんだと思います。
だから、自分でも納得のいくものがなかなかできなかった。

この日も、友人がぼくの珈琲で「エネルギーをもらってる(言い方は忘れたけど)」と言ってくれて、嬉しかったな。



そうそう、この日は「すこやかなおやつ under tree」のゆーこさんも来てくれていました。
上の写真は、プリン・ア・ラ・モード♡


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毎回どれも美味しそうで、迷ってしまいます。
それが楽しいんだけど。


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珈琲と合わせるなら、やっぱりロールケーキを選んでしまう。
ちょこっと写っているマフィンはお土産に。



以前にも紹介させてもらいました、『百姓レボリューション』で有名な作家の伯宮幸明さん。

やっていること一覧。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


伯宮も日野に住んでいて、たかまど家にはよく来るそうです。
今回のスケッチの会にも来てくださいました。


伯宮さんのブログで最近よく出てくる言葉、〈ヒュッゲ(Hygge)〉。
デンマーク語で「居心地のいい時間や空間」という意味で、欧米ではブームになっているそう。

里山成功哲学コラム


言葉自体は、前から何となく聞いてはいたけど。
ぼくも注目するようになったのは、伯宮さんの影響です。


丁度その頃、「碧いびわ湖」が開催する「居ごこちのよい暮らし体験会」というのがあって。

HOME - 居ごこちのよい暮らし体験会

(↑特設サイトがあった、知らなかった!)
奇しくも、サイトのイラストがアトリエイチイチのあーちゃんのものですね。


その2回目の上映会のとき、ぼくも関わらせてもらいました。

伯宮さんのブログに〈ヒュッゲ〉が紹介されたのが、今年1月の半ば。
今までこの言葉をスルーしてきたけど、氣になって調べてみたら、「居心地のいい」という意味をもっていると知って、正直ビックリしました。

昨年末に上映会のお手伝いをする話をもらって、年が明けてからいろいろと告知を考えていたのが、今年1月半ばだったのです。

2018年1月の上映会。 - とむやんの氣まぐれ雑想記



そもそも、この言葉が注目されるようになったのって、デンマークが「世界一幸せな国」としてランキングされたことが大きい。

余談ですが、デンマークが1位だったのは2016年。
2017年は2位、今年は先日発表されたばかりですが、3位になっていました。
落ちてはきているものの、充分すごいですよね。

ちなみに、毎年3月20日は「世界幸福デー」なんだとか。
国連が調査をして、「世界幸福度ランキング」を発表するそうです。


基準とかランクとか、そもそも「幸福」をどう定義するのか、という問題はあります。
いずれにしても、多くの人が「なぜデンマークは幸福度が高いのか?」に関心をもつのは当然でしょう。

そして、〈ヒュッゲ(Hygge)〉という言葉や価値観に注目が集まって、ブームになる。

ブームや流行って、必ずしもいいことばかりじゃないし、ぼくも興味がないことの方が多いです。
でも、〈ヒュッゲ〉に関しては、ちょっと乗っかってもいいかなって思ったり。

というのは、〈ヒュッゲ〉という視点をもつことで、すでにあるものを再評価できたりする。
ブームと言いつつ、新しいものに飛び付くのとはちがって、むしろ「温故知新」的な感覚、と言えばいいでしょうか。


今回の月イチスケッチの会は、まさにヒュッゲリなひととき、ヒュッゲリな一日。
(ヒュッゲリは、ヒュッゲの形容詞だそう)

本当は日本語で、〈ヒュッゲ〉と同じような言葉に置き換えられたらいいなぁと思うのだけど、それは別の話。
この国では、〈ヒュッゲ〉的な感覚を表す「必要性」自体がまだまだ低い。
それがもっと浸透してくれば、独自のものが生まれるかもしれませんね。


「居心地のよさって何だろう?」とか、「ここ、とっても居心地がいいね」とか。
日々の暮らしが、〈ヒュッゲ〉に重きを置いたものになると、ますますおもしろくなるはず。

一回、この国のいろいろなことをリセットして、〈ヒュッゲ〉を土台にしたシステムに組み直したい、と思ったりするけど。

まあ、人を変えることはできないので、自分がそっちにシフトチェンジしていこう。
もしそれで、興味がある人が増えていったらいいな、というくらいにしておこう。


〈ヒュッゲ〉のこととか、「居ごこちのよい暮らし体験会」の報告とかは、また今度書きます。
今日のところはこの辺で。


あ、ひとつだけ。

明日(2018.3.24)は奇しくも、日野の向町カフェでのウクレレサロン。
呼び名は、「ウクレレ♩みんなでウクレレ♩」、ぼくも毎回楽しみにしています。

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みんなでウクレレもって集まって、人の演奏を聴いたり、弾き語ったり。
そういう時間は、まさにヒュッゲリなひととき。
でも、結果的にモチベーションも向上したり、腕もいつの間にか上達していたり。

明日は定員ほぼMAX、ありがたいことです☆


                    せれんでぃっぽ☆とむやん