とむやんの氣まぐれ雑想記

〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

トレモロピクニックと、テンペ。


先週の土曜日(2018.6.16)、「トレモロピクニック」に行ってきました。

トレモロピクニック」は、地元滋賀スタイルの地産地消マーケット。
烏丸半島にあるCAFE INTROの横で、今は第三土曜日に開催しています。

満月マルシェから見る、その日の運勢を決めるということ。 - とむやんの氣まぐれ雑想記

(↑以前書いた記事の最後の方で、ちょこっと紹介しています)


梅雨のこの時期、どうかなぁと思っていましたが。
じりじりと焼けそうなくらいの、いいお天氣でした。

この日の翌日は「小さなマーケットTree」だったので、準備などのため最後まではいませんでしたが。
いつものように、堪能させてもらいました☆



まずは、食べもの紹介。

今回はいつも以上に魅力的なランチがいろいろあって、悩みました。
結局、実は何かとご縁のある、sotokoのお弁当にしました。

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「毎日食べたい初夏のsotoko弁当」、という名前でした。
ほんと、毎日食べたくなるような夏にピッタリのおかずがいろいろあって、嬉しい。

sotokoは「お外ごはんユニット」だったのが、今はおひとりでされているとのこと。
いろいろお話できて、楽しかったです。
思っていた以上に、おもしろい方でした(笑)


いつもウクレレでお世話になっている日野の向町カフェが、この日は初出店。
ごはんも食べたかったけど、ドリンクにしました。

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自家製シロップの梅酢カッシュ(スカッシュ)。
これからますます暑くなる時期、これまた毎日飲みたくなる系。


そして、トレモロピクニックと言えば、MANMAとfujico muffin。
これはお土産、家に帰ってから食べました。

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レモンパイ(MANMA)と宇治抹茶スコーン(fujico muffin)。



それから、この日はテンペを買いました。
テンペは、大豆などをテンペ菌で発酵させたインドネシアの伝統食品のこと。

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木下実験室が生テンペをつくって、販売していて。
ちなみに、木下実験室も「トレモロピクニック」初出店でした。

お弁当の方も美味しそうだったし、豆腐燻製も魅力的だったのですが。

テンペを買って、その日の晩ごはんに使うことにしました。


袋の中は、こんな感じ。

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実は一年ほど前にも、テンペのことを書いています。

テンペと赤こんにゃくと。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


木下実験室のテンペは、市販品と全然ちがうのです。
まあ、そもそもテンペ自体知らない、食べたことがない人の方が多いでしょうけど。


さて、袋から出したテンペをスライスしていきます。

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今回は100gなので、使い切りです。

なんか、見た目はちょっとチーズみたいですね。
今回は、「テンペHAND BOOK」に従って、多めの油でソテーしました。

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「テンペHAND BOOK」によると、一氣に高温で!がポイントだそう。
このテンペは生きているので、じわじわだと発酵が進んでクセが出てしまうんだとか。

揚げ焼きしたものを、ニンニク醤油で下味をつけて。
ちなみに、ニンニクはうちの畑で穫れたもの、少し焼いて醤油に漬けておきました。

今回も料理はシンプル、ジャガイモとモヤシを炒めたものに、テンペをあわせて。

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この日、たまたま妻が買ってきたYumYumの「王国のナンプラー」を隠し味に。
この「王国のナンプラー」は、ナンプラーには珍しい「砂糖不使用」なのです。

テンペは手軽だし、ほんとクセになる美味しさ。
シンプルな料理でもアクセントになるので、子どもたちも喜んで食べてくれました。


木下実験室の生テンペ、氣になった方はfbにいろいろ情報が上がります。

木下実験室 - ホーム | Facebook

↑こちらをチェックしてみてください。


そう言えば、以前の記事に「テンペを食べる会」とかやりたいな~と書いてたのに。
結局、あんまりそれらしいことしないまま、でした。

〈へいわのじかん〉とかに合わせて、やってみるのもいいかも。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

ハート味噌汁


前回、告知をしましたが。
昨日(2018.6.17)はcafe salon STILLROOMでの「小さなマーケットTree」。

2013年の冬から始まったTreeも、今回でなんと10回目。
12月と6月と、年二回ペースでも、もう氣付けば二桁。

ぼくは最初からほぼ、なんだかんだで関わらせてもらっています。

ちいさなマーケット☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記

(↑vol.6の前に書いたブログ)



今回は、本(古本と新品と)の出店と、マーケット終盤のミニライブをさせてもらいました。

本の出店の方は「ついで」みたいなものだったので、存在自体あまり知られないまま。
自分としても、ライブに意識が向いていたかな。

ミニライブでは、これまでつくったオリジナル曲を披露することにしました。
特にここ最近の、まだあまり人前で歌っていないものを中心に。

オリジナル曲は、数えてみたら13曲。

一応完成はしたものの、歌詞を書き換え中のものやアレンジし直したいものは、カウントに入れていません。
13曲それぞれも、今回ブラッシュアップして、一部歌詞を変えたりしました。


今回のセットリスト、覚え書きのため。
『Indigo Sky』
『Slow Walker』
『さみしさの論理』
『ハレ舞台』
『甘い恋のはなし』
『アベコベ⇔シンドローム
Tokio Neurose(とうきょうノイローゼ)』
『うみうた』
『お菓子な国』
『平々凡々な世の中』

結局10曲、順番はあやふやです。

最後にキペルス・パピルスとして、友人の誕生日のお祝いにカバーを2曲演奏。

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(スティルルームからは、こんなステキなバースデイケーキが送られました)


ミニライブ、結果としてはよかったのかなと思います。
喜んでもらえたし、友人たちもいろいろな楽器で加わってくれたり。
ぼく自身、とても楽しかったです。


プロでも、ライブで新曲って、あまり反応がよくなかったりするみたいですね。
そりゃ、知っている曲とか、「あの曲やってほしい」とかあるだろうし。

ぼくの場合は「あの曲」も何もないんだけど、やっぱり新曲をやるのはnervousになりがち。

しかも、Treeでは今までいろいろな「ムチャ振り」をやってきていて。
正直あまりうまくいかなかったし、前回のTreeは自分的にはひどい結果でした。

だから、今回の「バスキングで」との話、できればそれも断るつもりだったのです。
(「バスキング(busking)」は、日本で言うところの「大道芸」的なこと)

自分の中では「ミニライブ」ということにして、ハートマネー(ドネーション制)に、という妥協点でやることになりました。

ただ、「外で」という提案は、拒否させてもらいました。
今までの経験上、Treeのようなマーケットで、しかも日本には馴染みのない「バスキング」はほんとやっててつらいので。

実際、今回もミニライブ中の外のマーケットは、みんなお喋りしたりしていました。
一応、聞きたい人は中へ、という形ができたのでわかりやすかったかなと思います。

そして、ドネーション制だったのも結果的にはよかったです。
出入り自由で、自分の好きなペースで聞いてもらえたのかな、と。

新曲も、思ったより好評だったりして、ほっとしました。


ライブが終わって、スティルルームからお味噌汁とおむすびをいただきました。
ハートマネーならぬ、ハート味噌汁。

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今までは、マルシェやマーケットの野外ステージで歌ったりもさせてもらいました。
今回は店内だけど、主旨としては同じようなもの。

やってみないとわからないし、経験的にはよかったと思います。
でも、「求められていない」中でやるというのが、最近は結構しんどくて。

ともかく、いい経験をさせてもらいました。
スティルルームのスージー、そして聞いてくださった方々、ありがとうございました☆

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さて、恒例(?)のスイーツ紹介。

まずは、あかね軒さんの「笹結び(杏)」。

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冷凍されたものを自然解凍して、好みのところで食べるスタイル。
ちょっと写真では伝わらないかもですが、ビックリな美味しさ。

スティルルームのアイスカフェラテと。


続いて、すこやかなおやつunder treeのコーヒーゼリー

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上にホイップを乗せてくれました。
下はババロア、一緒に食べると甘さがちょうどいい。

ちなみに、under treeからはドネーションとしてロールケーキもいただきました。
いつもありがとう♪


久々のハチヨコ製菓は、お土産用に。

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ラベンダーとレモンの自家製酵母スコーン。
大阪に行っていて来れなかった妻のために。

彼女はハチヨコ製菓の大ファンなので。

しかしこれ、いい意味で「スコーン」という概念を超えていると思う。



さて、最後はいつものように告知です。

今週は引き続き、スティルルームにお世話になります。
明日(日付変わって今日)火曜日は、オルタナティヴ・ブック・カフェ《ABC》。
金曜日6月22日は、ウクレレサロンです。


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明日、6月19日[火]。
栗東・安養寺のcafe salon STILLROOMの一角をお借りして、ブックカフェをします。
10時から12時頃の間、出入り自由です。

料金はハートマネー、直感お氣もちで。
カフェ通常営業中なので、要ワンオーダーでお願いします。

今回もテーマを一応決めました、「仕事、再考2.0」。
紹介したい本などをもってきてくださると嬉しいです。
なくてもいいし、テーマにそってなくてもかまいません。

ちなみに、今後毎月第三火曜日に定期開催させてもらうことになりました☆


ただ、先ほども少し揺れたようです。
今日は午前中に地震があって、また大きな揺れが来るかもしれないとのこと。
そんなわけで、場合によっては中止にするかもしれません。


そして、ウクレレサロン。
16時ごろから、2000yでドリンクとおやつ付き。
前半はミニ発表会、後半はみんなで課題曲をやります。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

さみしさの論理。


このところ、「報われない感」について、書くことが多いのですが。

「報われない」と感じたときに、やってみること。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


ちょっと前の、しいたけさん(しいたけ占いの)のブログを見たら、こんな記事がありました。

心が空っぽになりやすい。5-6月 | しいたけオフィシャルブログ「しいたけのブログ」Powered by Ameba


あ~、やっぱりそういう時期なのね。

そして、しいたけさんはそれを「オイル交換の時期」だと見立てています。
なるほど~、腑に落ちました。
「感情とか、喜怒哀楽とか、そういうものを運ぶ潤滑油みたいなもの」の入れ替え時期、本当にそんな感じ。


そしから、それはぼくの拡大解釈だけど。

惰性でやっていたこと、やれていたことをリニューアルする。
そのための「オイル交換時期」という感じで捉えています。

時期的にも、人生においての「種蒔き」だったり「田植え」だったり。
それって、当然結果(報われるかどうか)はまだまだわからないわけで。

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それともうひとつ。

2ヶ月ほど前の記事で、最近また作曲をしていて、ということを書きました。

Ska vi fika? - とむやんの氣まぐれ雑想記


並行して何曲か、つくっているのですが。
そのときメインでつくっていた曲が、最近やっとできあがりました。


で、その曲は「さみしさ」をテーマにしたちょっと暗い曲だったので。
歌詞を書くのにそのマインドに合わせていたので、自然と引っ張られていた感じ。


ちなみに、その曲は歌い出しだけがずいぶん前にあって。

長男が2歳とか3歳くらいのとき、まだ喋らない頃だったと思います。
アテレコしてみたりとか、ワンフレーズの歌にして歌ってみたりとか。
そんなことをして、よく遊んで?いました。

もう基本的にはどれも憶えていないのですが、ひとつだけずっと残っていて。
おむつ替えだったりお風呂だったり、何かの理由で泣き止まないときに。
「つらくて~かなしくて~」と、メロディーもつけて。

それが案外いい曲になりそうな氣がして、前々からちゃんと一曲にできないかなと思っていました。

これまで何度かやってはみたものの、イマイチで。
それがあるとき、ふとタイトルが浮かんで、「これだ」と思いました。

と言いつつ、それから一年近く。

4月29日にTwitterで、「久々に曲ができました」とUPしたものの。
そこから案の定、だいぶ修正を繰り返して。

タイトルは、『さみしさの論理』。
題も含めて、語呂合わせもいくつか入れて、結構お氣に入りです。
(いつものように、最後に歌詞を載せます)

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そんなわけで、やっと「さみしさ」モードから抜け出して。

今日(2018.6.12)読み終えた小説が、これまたタイミングぴったりの内容だったり。
ネタバレ的になるかもなので、紹介はしませんが。

お仕事ものの小説、その続編。
ベテランとして活躍する主人公、でもいろいろとうまく行っていない。
冒頭はそんな感じで始まるのですが、終盤で辻褄を合わせるように、「報われて」いく主人公。

ぼく自身も、ちょっとしたトンネルを抜けた感じです。



さて、最後にちょこっと告知です。


滋賀県栗東市安養寺のcafe salon STILLROOMにて。
「小さなマーケットTree」の終盤15時から、店内でライブをします。
オリジナル曲を、ウクレレ弾き語り。

予約はいりません、ハートマネー大歓迎☆
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『さみしさの論理』も、初披露予定。
それ以外に完成しているのが12曲、どれを演奏するかはそのときの氣分で。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん


さみしさの論理

つらくて かなしくて
泣きぬれた夜は 余計にむなしくて
自分を見失いそうなくらい
ため息ばかり
あふれ出す涙は 止めても止まらない
さみしさの論理

誰かを 妬んだり
ゆるせないきもち 抱えて眠れない
周りが みんな敵に見えてきて
また八つ当たり
どうすればいいのか 焦れば焦るほど
さみしさの論理

心配 いらないと
口では言えても 心は癒えなくて
何でも 比べて落ち込むたびに
ないものねだり
なあなあの人生 変えたら変わるのに
さみしさの論理
さみしさの論理

遊びをせんとや


今日(2018.6.10)は長男と、栗東の歴史民俗博物館へ。

「博物館を楽しもう!
 ~人生を豊かにする博物館の活用法 鉄道模型、藤織り、骨格標本~」
という講演会。

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講師のおひとりに、大阪市立自然史博物館、なにわホネホネ団団長の西澤真樹子さんがいらっしゃるということで。
これは是非、長男と一緒に行かねばと思っていました。

西澤さんが監修・解説をされている『ホネホネたんけんたい』。
長男が大好きな本です。

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ちなみにぼくは以前、歴史民俗博物館の旧中島家住宅のかまど再生事業に、「市民コーディネーター」として関わらせていただいたことがあります。

へっついさん。 - とむやんの氣まぐれ雑想記

(これも結局、かまどのことを書けていないままですが)



講演会の内容、ざっとですがメモしておきます。

栗東歴史民俗博物館市民学芸員の会の活動について」
「鉄道関連資料整理の楽しみ」
「手仕事の伝承~丹後藤織り保存会の活動~」
「なにわホネホネ団の活動~世話役の側から・市民の側から~」
意見交換会

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こんな感じの流れなので、長男は途中で飽きるかな?と思ったのですが。

おもしろかったと言っていました。
藤織りの話は、特に興味深かったみたいで。

ぼくとしても、いろいろ響くものがあって、行ってよかったなと思いました。
そこから少し、自分の感じたことを書いておきます。



意見交換会の中で、市民学芸員の会の方がおっしゃっていたこと。
「〈ボランティア〉という言い方はあまり好きじゃない、ぼくは〈遊び〉だと思ってやっている」
「〈遊び〉だと言うと、不謹慎に思われるかもしれないが、むしろ一所懸命やる」

そうだよなぁ、と改めて深く頷いちゃいました。

〈遊び〉については以前、ちょこっと書いたこともありますが。

「D」の補足。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


この市民学芸員さんは、かまど再生のときにもお世話になった方。
そしてそのときも、どの市民学芸員さんも、本当に楽しんでいたと思います。

すごく実感がこもっていて、すばらしい言葉だと思いました。


なにわホネホネ団(以下ホネ団)の西澤さんも、「ホネ団に来られる方は自分で満足感をつくれる、楽しめる人たち」というようなことをおっしゃっていました。
丹後藤織り保存会会長の井ノ本さんも、「双方向性」だったり、「ライブ感」という話をされていたのが印象的でした。
(ちなみに、井ノ本さんは喋り方もお話も、すごくおもしろかった)

「楽しみ」や「満足感」、「居場所」とかも、自分からつくっていく。
これからますます、そういうスタンスが重要になってくる氣がしています。


ちょっと前に、「司会業お休み」宣言をしましたが。

eclipse - とむやんの氣まぐれ雑想記


別に司会がイヤとか、キライになったわけでも何でもなくて。

でも、今日の講演会を聞いて、「あぁ、〈遊び〉の部分がなくなっていたんだな」と。
基本的には、「おもしろいね、いいね、やろうやろう」というスタンスでいるつもりなのですが。

自分の中で「ちゃんとやらなきゃ感」があると、「報われない感」がハンパない。
まだうまく言葉にできない部分ではあるのですが。


例えば先日の、日野のda-naで開催させてもらった【お産とへいわのじかん】。

いつも自宅アパートなどでやっている〈へいわのじかん〉のスペシャル版、「お産」の話も絡めて。
パートナーシップや対話について、より深く話ができたと思います。

「進行をしなきゃ」とか、「コーディネートしよう」なんて氣負いは全然なく。
元々、パートナーのメイコの付き添い的な立ち位置を意識したので、参加者のひとりとして楽しめました。

結果的には、たぶん結構喋ったし、進行っぽいこともしていましたけど(笑)
でも、最初からいい意味での〈遊び〉になっていた。

それに、こちらが流れを決めて進行したわけじゃなく、その場の雰囲氣での「双方向性」がよかったのだと思います。

【お産とへいわのじかん】については、また改めて振り返りたいなとは思いつつ。



そんな〈双方向性〉が楽しい〈へいわのじかん〉。
今週、また自宅アパートで開催します。

滋賀・栗東/へいわのじかん


今回は「耳を傾けること」をテーマに、楽しくお喋りができたらいいなと思います。
ミヒャエル・エンデの『モモ』などを参考にしたりしつつ。


日時:
6月14日[木]10~12時ごろ
時間ある方はその後、お昼ごはんを一緒に食べましょう。
ごはんと汁物は用意します、一品お持ち寄りください。

場所:
キシダ家(栗東川辺の自宅アパート1F)

参加費:
ハート❤️マネーをお願いします。



〈へいわのじかん〉という形は、今の自分にとっての〈遊び〉にうまく結びついているように思います。
ここでのスタンスは「司会業」じゃないので、だから逆に進行役をやってみたり、聞き役に徹してみたり。
(とは言いつつ、聞き役はまだ修行中な感じですが)

参加者それぞれ、「楽しめてるかな」と必要以上に氣を配ったりして、ヘンに氣疲れしてしまったり。
今日の講演会を聞いていて、そこは各々の自主性にお任せしたり、信頼性が必要なのだと思いました。

そして、その上で〈役割〉を分担していく。
そこも今、自分にとっての大きなテーマなのですが、それはまた別の機会があれば。
今日のところはこの辺にしておきます。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

66で11。


昨日6月6日は、長男の誕生日。
11歳になりました。

長男の誕生日に思うこと。 - とむやんの氣まぐれ雑想記
(↑2016年、9歳になったとき)

十年一昔。 - とむやんの氣まぐれ雑想記
(↑昨年、10歳になったとき)



話は逸れるけど、ぼくはあまり子どものときのことを憶えていないんです。
本当にちょこっとした断片的なことぐらい。
それも、小学校5年生より前のことってほとんど記憶にない。

あの頃、出たばかりのファミコンを友だちの家で見て、羨ましくて。
一方で、ボードゲームにハマっていて、自分でもつくったりしていました。

後に、テレビゲームにどっぷりハマって、抜け出すのが大変だったり。
今でもまだ「笑い話」にはなってない、かも?

ゲームという「沼」。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


動物が好きで、『ドリトル先生』のシリーズや『シートン動物記』を読んでいたのもこの頃だったはず。
けれど、それ以外の本はほとんど読んだことがなく、マンガも『ドラえもん』しか興味がなかった。

そう言えば、『トランスフォーマー』にハマっていたのもこの頃。
たぶん全体的に、嗜好は幼かったんじゃないかなぁ。

そして、今とは性格も全然ちがう、だいぶネガティブな子ども時代でした。



なんでこんなことを振り返ってみたかと言えば。

11歳ともなると、やはり自分の11歳の頃を投影してみてしまうところがあるから。
でも、以前が友人が言っていて、「本当にそうだなぁ」と思ったことがあって。

友人は子どもにはいつも、「親の期待を裏切れ」と言っていたんだそう。

親って、なんだかんだ〈期待〉をしてしまうもの。
〈期待〉そのものは悪いことではないのでしょうけど。
それが、自分自身の〈期待〉を子どもに押し付けているだけだとしたら。

作詞家の秋元康さんの言葉。
「子育ってって、親のリベンジになったらダメ」
例えば、親が甲子園行けなかった父親が、俺の代わりにお前が行ってくれ、とか。

言葉に長けている人だけあって、これもまた「そうだなぁ」と。

言うまでもなく、その子の人生はその子のもの。
そして、10歳ぐらいからいろいろ変わってきたなぁと思います。
長男を見ていても、そして自分を振り返っても。


自分の子ども時代は、すごく狭い世界で生きていたよな、って。
10歳まではむしろ、それでいいのかもしれません。

でも、10歳を超えてくると、親との関係も変わります。
世界との関わり方自体が激変するように思います。


だから、親の〈観念〉を超えて、多様な世界観をもってほしい。
それもある意味、「親のリベンジ」なのかもしれませんが、それとは真逆のベクトルのようにぼくは捉えています。

そう思いながらも、なんだかんだで押し付けてしまうから、友人のように「「親の期待を裏切れ」と言っておくのがいいのでしょうね。



ちなみに、今日6月7日は妻メイコの誕生日。

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長男の誕生日も、お祝いは合わせて週末に、の予定ですが。

何もないのもどうかと思って、急遽守山のWABARA caféに行ってきました。
ワンオーダーに付き、和バラが一輪もらえるのです。
(写真はもらったものではなく、テーブルの一輪挿し)

昨日も、母が送ってきてくれた「家音kaon」さんのスイーツでお茶しました。

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以前、「嬉しいことがあって」と続きを書くつもりが。
前置きのまま、一年以上経ってしまいました。

カフェ・ド・アクタのこと。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


「家音kaon」さんのことは、またちゃんと改めて書きたいと思います、今度こそ。

今回、古代小麦アインコーンを使ったヒルデガルトの「喜びのビスケット」ビーガンバージョンの試作品もあって。
これ、ちょっとどう形容していいかわからないのですが、一枚でこんなに満足するビスケットってなかったかも、と。


そう言えば、先日長男がふとこんなことを言っていました。

いただいた市販のお菓子を、ぼくが食べていたときのこと。
(長男は前日に食べていたので、そのときは見ていただけ)

前後、どういう話の流れだったか、忘れましたが。
「そうか、ぼくは普段かなりいいもの、美味しいものを食べているんだな」って。
そんなようなことを言い出して。

妻と二人、「そうだよ~」と言いながら。
内心では、そこに氣付いてくれたことが妙に嬉しかったな。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

eclipse


今日(2018.6.1)から6月。

5月はバタバタしてしまって、何だかあっという間でした。
忙しいわけじゃなく、まあ要領がわるいのでしょう。


5月13日母の日には、「マザーアースデイ2018」というイベントの司会進行をやらせていただきました。

寿長生の郷に行ってきました。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


悪天候の中ではありましたが、とても有意義なすばらしいイベントだったと思います。
関わらせていただけて、本当によかったです。
ありがとうございました。



さて。
これで、ようやく自分としては次のステージに行けるかな、という感じです。
「マザーアースデイ2018」までやり切って、区切りを付けようと思っていました。

ひとつは、しばらくは「大きなイベントにはコミットしない」つもり、ということ。
もうひとつは、当分の間「司会業はお休み」しようかな、ということ。

「大きなイベント」と言っても定義があいまいですけど。
最近はこじんまりと小さくやることの方が、自分の性に合っているように思います。

そして、「司会業」と書きましたが。
「業」と言うよりは、単に「他にやる人がいなかった」だけだったりします。

そういうのが案外、「天職」だったりすることもありますよね。
そういう意味では、これからは「自主的にやる」かもしれない、そんな感じです。



このところ、「人から認められること」とか「報われない感」とか、そんなテーマばかり書いています。

fbにいただいたコメントに返信していて氣付いたのですが。

そういうある種のモヤモヤとした「どんより感」って、実は「次のステージへと進む」ためのきっかけ、なのかもしれない。
だから、逆に「いい兆し」として捉えて、飛躍してしまえばいい。

「いやいや、まだまだこんなもんじゃ終わらないぜ」っていう、そんな感じかな。


「人からどう見られるかを氣にし過ぎない」ということでもあるだろうし。
やっぱり結局、「自分のやりたいことを徹底的にやってみる」ということ。

その「自分のやりたいこと」って、常に上を目指して行くわけで。

例えばだけど、ウクレレとかでも難易度【低】をずっとやっていても、モチベーションは上がらない。
全然弾けなくても、難易度【高】に挑戦してみたくなるもの。

もちろん、初心を忘れちゃいけない。
だからと言って、「安全圏」に留まることじゃない。



雄のカモは、繁殖期には派手な色や飾りのついた羽をしています。
けれど、繁殖期が終わると換羽期が来て、地味な羽に変わります。
それをエクリプス、もしくはエクリプス羽と言うんだそうです。

ちなみに、このエクリプス(eclipse)は元々、「日食」や「蝕」を意味するのだとか。
そして、語源はギリシア語で「力を失う」こと。


今は何となく、「換羽期」が来ているのかもしれません。
そう言えば、6月1日と言えば「衣替えの日」だったりしますね。


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自分なりにもう一歩前へ、そんなタイミングかもしれません。

とは言っても、あくまでも自分の心理的な変化。
カモのように、地味になるわけではありませんので(笑)


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

雨の日の雑草、もしくは雑想。

前回の記事、fbの方でいろいろとコメントをいただきました。
ありがとうございます。

そう言えば、以前にも↓こんなことを書いていました。

くれない夜叉。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


その中で、「「くれない夜叉」歴がずいぶんと長かったぼくも、ようやく卒業できそうな感じ」と書いているのですが。

ちなみに、「くれない夜叉」とは。
あれして「くれない」これして「くれない」と、報われない感に苛まれている状態を表す造語です。

冒頭にも書いた「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む」。
言い方はさまざまですが、同じような言葉がたくさんあるようです。

〈へいわのじかん〉で「パートナーシップ」の話をしたときにも。

へいわのじかん。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


夫婦間でもよくあることですが、自分のしたことにはすぐ「ポイント加算」するのに。
相手がしてくれたことには難癖付けて、ノーカウントにしてしまうとか。


何だか、一昔前のプロレスの「悪徳レフリー」みたいですよね(笑)
3カウントを遅らせたり、反則技を見て見ぬふりしたり。
(まあ、今の政府がまさにこの状態ですけど)


最初の時点で、「人のために」と思っているときほど、なぜか後になって「これだけやってあげたのに」となってしまいがち。
いろいろなところで既に言われていることですが、「人の為(ため)」は「偽(いつわり)」なんですよね。

だから、最初から「自分のために」やればいい。
自分が受けた恩を返すためなのだから、見返りを期待することもない。

不思議なもので、「自分さえよければいい」という考え方がどこかにあるときほど、「人のため」とか言ってしまうんでしょう。

だからなのか、人に「こうしてほしい」とか「そんなことをしないでほしい」と言う人ほど、その逆を自分はやっていたりする。


まずは、恩を受けていることを知ること。
それを心に刻んで、それを返すことに喜びを見出すこと。

返す相手は必ずしも恩を受けた相手でなくてもいい(pay it forwardなど)。
返し方も、実はそんなに難しくない(例えば、「無財の七施」など)。

「恩知らず」でいることは、実は結構つらいこと。
もしくは、だからこそますます「報われない」のでしょう。

ゲーテの名言に「忘恩はつねに一種の弱さである。わたしは有能な人たちが恩知らずであった例を知らない。」というのがあるそうです)



さて、今日(2018.5.31)書きたかったのは、別のこと。
もうすぐ梅雨入り、しかも今年はちょっと早そうです。

車も免許もないぼくにとっては、引きこもりになりがちな時期ですが。
こういうときこそ、「歩く」にはいい機会です。

walking distance。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


先週、いつものカフェSTILLROOMに行った後。

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Cafe con Miel/ハチミツ入りのカフェラテ


帰りはちょっと寄り道しながら、家に帰りました。


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途中、工場の花壇にある草木がとても綺麗だったので、観察したり。
写真も撮らせてもらいました。


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いつも当たり前に通り過ぎる場所も、雨の日だからこその楽しみがありました。
土手のいわゆる「雑草」も、いつも以上に美しく見えます。

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「雑」って元々、多種のあつまりを表す漢字。
「多様性」の大切さって、特に最近見直されてきていると思います。

「雑」をいい意味で使いたいな、と思ったのは環境運動家の辻信一さんの著書の影響。
このブログも、「雑想記」という名前にしたのはそういう意図があってのこと。

雑?!エンターテインメント☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記


fbでいただいたコメントに、こんなことが書かれていました。
「私は毎日お庭の草とコケと、自分時間の朝の10分を過ごしています」
雑草ったって、綺麗やん可愛いやんと、独り言発しながら」

雑草に綺麗だね可愛いねと声を掛ける。
無財の七施」の、「眼施」と「言辞施」と言ったところでしょうか。


「くれない夜叉」は本当にもう終わりにして。
「偽り」ではない恩返しを楽しんでいきたいな、と改めて肝に銘じているところです。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん