とむやんの氣まぐれ雑想記

〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

引っ越して1年が経ちました☆


京田辺に移り住んで1年が経ちました。
1年前、1月31日の夜に、この家での生活がスタート。

引っ越しにはたくさんの友人が助けてくれました、改めて本当にありがとう。

あっという間の1年、まだまだ慣れないこともたくさんあります。
正直しんどいと思うこともたくさんあって、でも滋賀に移住したときもそうでした。

ざっくり言うと、居場所ってつくるものだし、それまでは大変なことも多い。
滋賀でも何度もめげて、それでもやるべきことをやって、少しずつ積み上げて。


2011年の原発事故で、この先どうしたらいいのか全然わからなかった。
今は政治が本当に酷い状況になっていると感じるし、明るい展望がもてない。

この1年、そしてここ最近、何だかいろいろなことを見失っていました。

滋賀の最初の2~3年って、正直あまり記憶にないんですよね。
だから、京田辺に来たときに「あぁ、あのときもそうだったのか」と。

それでも思い出せない、なかったものとして消してしまった。


それが変わってきたのって、2013年のアースデイしがで実行委員長をした頃かな。
たまたま会議に出席したら、なぜか実行委員長をやることになり。

それはそれで大変なことも多かったけど、あれはぼくにとって「ここにいたい」と思えるようになったターニングポイントのひとつでした。

今はまだ、この京田辺にいても「ここにいたい」とは思えないのですが。
焦らずにまた少しずつ、かな。



昨日(2020.2.1)の朝、ささやかですが1周年のお祝いをしました。

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長男が人数分の目玉焼きをつくってくれて。
末っ子はパンケーキを担当(もちろん、メインは妻がやりました)。
今通っている幼稚園の天然酵母、それをわけてもらったものを使いました。

業務スーパーで売っていたオーガニックのペンネクリームチーズも出して。
キシダ家ではこれでも「御馳走だ」となります。


夕方、井出町に買いもの。
オーガニック食品などを扱っている大西商店と、かしわ屋さんに行くために。

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井手町に渡る橋の上、夕空がとてもきれいでした。

写真を撮りながら、ふと思ったこと。
空とかカフェのスイーツとか、ぼくはよく写真に撮って、InstagramやこのブログなどにUPしたりします。

人によっては、そういうことをバカにしたり、蔑んでいたり。
もちろん、行き過ぎがあってはいけない、とは思いますが。

最近ぼくのPCは絶不調で、写真をUPするのも文章打つのもすごく時間がかかります。
何かする度に長いロード、(応答なし)の表示のまま動かなくなり。

そうまでして、写真などを投稿する意味があるのか、と自分でも思うことはあります。

でもなんか、あれこれ言う人のことを氣にするのをやめました。
元々そういうことを氣にしないスタンスだったつもりだけど、ここ最近は慣れないことも多かったから、変に氣弱になっていたかも。

ほんと、人のことばっかりとやかく言うようなことに、構ってなんかいられない。

基本は、あくまでも「自分のため」。
そして、なぜかこのブログもInstagramも、見てくださる方がいるんですよね。

その方たちにこそ、喜んでもらえたら嬉しい。
でも、期待に応えようなんてムチャはしないようにします。

だから、もしぼくやぼくのやっていることを氣に入らないという人がいたら。
お互いできるだけ関わらないようにしましょうね、その方がお互いしあわせだもん。

一応断っておくと、特定の誰かを想定しているわけじゃありませんので、念のため。
ほんとは、そもそもこんなことに氣を遣おうとしていること自体、ちょっと自分らしくないのかもしれないけど。

けれどここで、こういうことを書くことによって、もう一度最初から、みたいな心境なのです。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

2020年の。


新暦の新年、明けましておめでとうございます。
今日は1月7日なので、一応間に合ったかな。
(15日までが松の内、というところもあるそうですが)


2019年、キシダ家は滋賀の栗東市から京都の京田辺市にお引っ越し。
精神的に体力的に、しんどいときもあった一年でしたが。
何とか一応無事ここまでたどり着いた、という感じです。

このブログは、できるだけ義務化しないように、がんばらないように、がモットー。
でもだからこそ、細々とでも楽しく続けてきました。

それが、昨年10月は忙しかったことも含めて、いろいろと余裕がなくて。
ブログを始めて以来、初めて記事を書けなかった月になってしまいました。

あまり氣にしないように、と思ってはいるのですけど。

ブログを書くことは、精神的な安定になっていたりもします。
穴をあけてしまう方がかえってしんどくなる、ということもあるわけです。
(このときは下書きさえ、ほとんど書けませんでした)

引き続き義務的に無理はせず、でもコンスタントに投稿はしていきたいなと思います。
2020年も、「とむやんの氣まぐれ雑想記」をよろしくお願いいたします。

あ、でも「よろしく」と言いつつも、そろそろ「期待に応えない」ブログを目指そうと思っていたりします。
結果として誰かの役に立ったりしたら、それは嬉しいことだけど。

それを「狙って」書こうとするのは、本末転倒。



前回は、クリスマスのことと「救い」について書きました。
でもやはり、自分の「領域」でないものにまで踏み込むべきではなかった、と思い返しています。

けれど、「救い」というものを改めて考えてみたい、とは今でも思っていて。
書き出してはみたものの、収拾が付かなくなって、ただいま停滞中。

今回は近況について、ちょこっと書くだけにしておきます。


年末年始は子どもたちと、埼玉の実家で過ごしました。

晦日、日付が変わってすぐ。
今年はトライセラトップスの『2020』という曲を聴きました。

Heart Of Gold - とむやんの氣まぐれ雑想記

(↑ぼくが新暦の年越しにしていること)

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2020年なんて、何だかSFのようだと思っていたのに。
そう言えば、2010年のときにもそう思っていた氣がするなぁ。


そんな近未来的な西暦を迎えましたが、今回の帰省もいつものように青春18きっぷ
帰りは熱海から豊橋まで、豊橋から米原まで、それぞれ乗り換えなしだったので。
何度も乗り降りしなくて済んだのは楽でしたが、おかげで昨日は腰が痛かったです…。
(元々腰痛もち、なので)

子どもたちももうすっかり慣れたもので、10時間の鈍行の旅でもそれほど騒がず。
普段から「退屈」に耐性があるので、助かります。



前々回の『東京ノイローゼ。』、これも続き?補足?を書こうと思っています。
歌詞もまだ載せていないし。

で、実は昨年末にnoteを始めました。

とむやん|note

noteの方は吟遊ソングライターとして、なので自作曲のことを中心に。
『東京ノイローゼ』のことは、もしかしたらそっちで書くかもしれません。
(どっちにしても、noteには書くつもり)

近況としてはそんな感じ。
1月3日にやったブックカフェのことも書きたかったけど、これもまだまとまらず。

いずれ書きます、を今年はできるだけ減らしたいな~と思ってるんですけどね。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

今年のクリスマス、そして「救い」について。

今週のお題「クリスマス」


正確には先週のお題、なんですけど。
今年(2019年)のクリスマスのことと、氣付いたことを少しだけ。


例年、うちではクリスマスツリーは飾りません。
場所がない、というのが一番の理由かな。
なので、ツリーを立てるのではなく、ツリーに見立てたものを壁などに吊るしたり。

昨年はハクハク茶小屋にフェアトレードのオーナメントなどを飾って、好評でした。

Happiest Christmas Tree☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記


今年は家でやってもよかったのだけど、案の定バタバタ過ぎて。
その代わり、子どもたちがちょこっと飾れるようなツリーを考えてはいたのです。

けれど、結局それも直前まで手が付けられず。

ダンボールを蜜蝋クレヨンで色をつけて、麻の紐で吊るして。
簡易のものだけど、下2人と楽しくつくれたのはよかったかな。


そしてクリスマスイヴ。
ディナーも凝ったものはつくらないけど、普段からすれば「ご馳走」なのです。

そうそう、飾りも食事も、今年はちょこっと「デンマーク風」にしてみました。


図書館で借りたヒュッゲに関する本が、デンマークのクリスマスについてもいろいろ書かれていて。

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ケーキはつくらず、こちらもデンマーク風のスイーツを。
丸いパンケーキ、「エイブルスキーヴァー」。

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お氣付きかと思いますが、そうです、たこ焼き器でもつくれるのです。

うちにある南部鉄器のたこ焼き器、レシピは我流で。
小麦粉は不使用、卵と米粉と豆乳、甘みはマスコバド糖。

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写真ではわかりませんが、紅茶漬けしたプルーンが添えてあります。
(伝統的にはベリー系のジャムを添えるそう)

ご飯の前に、キャンドルを灯して。
クリスマスの歌もちょこっと歌ったりしつつ。

ホットワインも一応グロッグ風に、こちらはメイコがつくってくれました。


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ご飯までデンマーク風、にはできませんでした。
ジャガイモ料理が多いそうなので、取り入れたのはまあそれぐらい、かな。

カブの葉のポタージュも、鶏とジャガイモもどちらかというと和風な味付け。


さて、クリスマス当日。
今年のプレゼント、こちらもまたシンプルなものでした。

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お菓子とボードゲーム、お菓子はみんなでわけわけ。

そんな感じで、全体的に今年は穏やかなクリスマスになったように思います。


昨年ブログに書きましたが、今年の長男はサンタさんのお手伝い側にまわったようで。

Have yourself a merry little Christmas☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記

その辺のこともまた、改めて書けたらいいのですが。

プレゼントってもらうが嬉しいのはもちろんのこと。
それが、あげる側の喜びを知ると、世界に対する認識が本当にがらっと変わる。


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(↑末っ子の描いたクリスマスツリー、かわいいので載せておきますw)



その「あげる側になること」にも、もしかしたら関連しているのかもしれませんが。

先日、キリストの生誕劇というのを見る機会がありました。
話は何となく、知っているつもりだったけど。

改めて知ってみると、キリストの人生(って言っていいのかな?)ってなんて波乱万丈なんだろう、と。

だけど、「救世主」なんですよね。
キリストの磔刑がなぜ「救い」なのか。

十字架、救い、そして罪。

クリスチャンの方からすれば、「今さら」な話かもしれません。
けれど、これに関して予め言っておくなら、ぼくはこのことに「答え」を求めているわけではありません。

ただ、ぼくがイメージしていた「救い」というものを、改めて考え直してみなければと思ったのです。

今年が西暦2019年で、キリストの生まれた次の年が「元年」ということだから。
2000年近くが経っているのに、一体何が?もしくは誰が?救われたんだろう?

2000年経った今も、妬みや恨みがあちこちに渦巻いています。

ぼくは信者じゃないし、詳しく調べたり読んだりしたことがないので、あくまでもぼくの主観的感覚です。
けれど、それはクリスチャンであるかどうかではなく、各々が今の立ち位置で考えてみることこそ、大事なように思います。

そして、「答え」は求めていない、と先ほど書きましたが。
実は、これが「答え」であろうことは、もうわかっているんです、たぶん。

それは、私たちは十字架を背負う必要はない、ただ「愛」とともにその道を行けばいいのだ、と。
「愛」のないことをしないこと、「愛」のあることをしていくこと。
それ自体は、もう間違いのないこと。

ただ、その「答え」を生きていくというのはまた別の話。
わかっているつもりでも、なかなかそれを続けていくのはむずかしいもの。

いずれにしても、今回こうして確認できたことはとてもよかったと思っています。
この辺のことはまた改めて書くかもしれません。



何度も修正を重ねているうちに、氣付いたら大晦日
もうすぐ日付が変わろうかという時間です。

2020年も、いろいろなことを細々と書いていけたらと思っています。
よろしくお願いいたします。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

東京ノイローゼ。

特別お題キャンペーン「住みたい街、住みたかった街」



住みたい街、かぁ。

ぼくは埼玉県川口市で生まれて、人生の大半をそこで過ごしました。
2011年の夏に滋賀に引っ越すまでだから、35年以上ということか。

記憶はないけど、幼稚園に入る前は川崎にいたこともある(らしい)し。
山梨県富士吉田市で、友人と共同生活しながら仕事をしていたこともあったり。

川口は正直なところ、「住みたい街」では全然なかったです。
どちらかと言うと、早く出たかった。
それが、母がはじめた喫茶店を手伝うようになって、少しずつ変わっていきました。

川口のこと、今では「好きな街です」と言えるようになったかな。


京田辺市に引っ越したのもそうなのですが。
「ここに、もしくはこういうところに住みたい」と考えて、引っ越しをしたことって、ぼくは一度もないのです。

ちょっと「天職」と似てるのかも?
「天職」って、まあ平たく言うと「天からのお呼びがかかる」みたいなこと。

生まれ育った川口市も、滋賀県栗東市京田辺市も、「呼ばれた」感がすごくあって。


だからなのか、ぼくは今まで「住みたい街」って、考えたことなかったなぁ。
どちらかと言うと、「置かれた場所で咲きなさい」的な感覚の方が強かった。

川口のこと、ずっと好きじゃなかったけど。
離れてみると、更にまた見え方が変わりました。

だいたい年に2回、川口の実家には帰省しています。

以前なら考えられないようなステキなカフェができていたりとか、川口もだいぶ変わりました。

帰省は楽しいですけど、でもいろいろな面からもう川口に戻ろうとは思いません。
たぶんだけど、もう川口からは「呼ばれて」いない、少なくとも今現在は。

20代の頃にちょこっと住んでいた富士吉田も、いつかまた遊びに行きたいなと思っていたりします。
でも、「住みたい街」かと言われると、ちがうかなぁ。

逆に、今いる京田辺市
自分にとってまだ「住みたい街」ではありません。
でも、とりあえず今はここでやっていくんだろうな、というのはある。

そこをどうやって自分の「住みたい街」に変えていくのか。

「変えていく」なんて言うと、不遜な感じもしますけど。
そこを変えてやろう、みたいなことではなく、自分も一緒に変わっていく、というか。

シンクロ率を上げていく、みたいなことなんでしょうかね。
(そのアニメをちゃんと見たことないので、何となくのニュアンスで使ってます)



京田辺では、ぼくはまだまだ「よそ者」ですから。
『Englishman in New York』みたいな感じ?いや、それともちょっとちがうか。

でも実際、たまに「I'm an alien」と口ずさんでいたりはしますよ、ほんとに(笑)

滋賀のときもそんな感じ、1~2年ではお互いに全然「フィット」してなかった。
結局7年ちょっと、それでようやく慣れた感じ。

それが慣れてきた途端、別のところから「お呼び」がかかるんですよね。


ふと思い付いたのだけど。
「住みたい街は?」という質問は、「もし学生時代に戻れるなら、いつがいい?」に似ている氣がします。
(これ、実は奇しくも今日のAmebaブログのお題にあったので)

戻る、という言葉の定義にも寄りますけど、ぼくはどの時期にも戻りたくないなぁ。
「卒業する」ということはもう戻らなくていい、ってことなわけで。

川口も栗東も、今のぼくにとってどちらかと言うと「住みたい街」。
でももう「卒業しました」、そういう感覚なんですよね。

OB的な感覚で遊びに行ったり、それがいいかな。



さて、書きたいことからだいぶ逸れまくっているので、そろそろ軌道修正。

今回の特別お題キャンペーンは、SUUMOのタウン本の発刊記念、なのかな?
本のタイトルは、『わたしの好きな街ー独断と偏見の東京』。
なかなかおもしろそうな本ですね(みうらじゅんさんの上京物語も載ってるし)。

「東京」はぼくにとって、「住みたい街」でもあるし。
一方で、「とてもじゃないが住めない」とも思う。
大好きで大嫌いで、まあもちろん「東京」という括りが大き過ぎるのですから。

でも、表裏一体の愛憎が出やすいのが「東京」、という氣もします。


2年前につくって、つい最近ライブで歌った、「東京」にまつわるぼくのオリジナル曲があって。

それが、今回のブログのタイトルにもなっている、『東京ノイローゼ』。
(曲名としての表記は『Tokio Neurose』にしています)


何と言うか、ぼくは「東京」からはお呼びがかからなかった、んじゃないかなぁ。
フラれた感覚、そんな感じ。

荒川大橋を自転車で越えて、赤羽の自主保育に参加していたこともあったし。
桜新町三鷹でバイトをしていた時期もあったり。
専門学校の頃は、渋谷と恵比寿に通っていました。

でも結局、「東京」に住んだことは一度もなく。


ところで、帰省したときにはいつも、お墓まいりに行きます。
場所はなんと、六本木。

すごいところにお墓がある、そうだと言えばそうだけど。
それは単に、六本木界隈がそれだけ近年すごいスピードで変わっているってこと。

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「東京」と言っても、この辺には自分は絶対住めないだろうな。
向こうもぼくに声をかけたりしなさそう。
(あと、金銭的にも)

お墓のあるお寺から見上げた空は、何だか窮屈で。
(写真は今年の夏に撮ったもの)

「東京」って、これはぼくのそれこそ「偏見」なんでしょうけど。
何となく、「よそ者」には一見とても優しい。
基本、みんな「よそ者」感覚だから、なのかな。

でも、実はそれは地方で言う「よそ者」と定義がちがうだけ。
むしろ、その定義のちがう「よそ者」にはすごく冷たい、のかも?

初対面では、「君がここに来てくれて、とても嬉しいよ」というようなフレンドリーな態度なのに。
2~3年してばったり会ったときには、「あぁ、あのときの。まだここにいたんですね」と氣のない言葉が返ってくる、みたいな。

いやいや、「東京」に対して印象わる過ぎでしょ(笑)

「東京」には好きなところも好きな場所もたくさんあります。
下町なんかは、こんな性悪ではないはずだし。

だけど、一緒にいるとどっか「背伸び」してしまいそう。
劣等感なのかな?


 懐かしいな、東京の色
 前景はいつもキレイなんだろう
 虚しさの延長線に
 見果てぬ夢 はばむような摩天楼

『東京ノイローゼ』の1番のサビ。
実は今日、2行目をちょこっと書き換えました。


「東京」、一度は住んでみたかったかな。
そしたら印象は全然ちがったのかもしれない。

でもやっぱり、あのスピードにはついていけない、きっと。
ただそれは、「東京」だけじゃなく日本の都市全体に言える。


夏の帰省で、こんな写真を見ました。
昭和20年代の川口駅周辺。

ぼくの子どものときの駅前って、どちらかと言うとこっちに近かった。
(もちろん、そうは言ってもだいぶ変わってます)

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街と一緒に変わっていく、ということをさっき書きましたが。
こういう「開発」的な変容には、ついていけない、ついていきたくない。

じゃあ、どういうものならいいの?と問われても、まだうまく答えられないのだけど。


あ、そうだった。
「東京」に住めないだろう、最大の理由。

「満員電車」、ほんとにほんとにニガテです。
帰省のときも、できるだけかち合わないようにしています。
(でもでも、青春18きっぷで夕方着く頃はラッシュの時間帯なのです)

『東京ノイローゼ』は、たまたま語呂合わせ的に「ノイローゼ」を使いました。
結果的に、「言い得て妙」という氣もしてしまうのです。



全然まとまらないけれど、最後に。

京田辺市に隣接する、井手町精華町にたまに自転車で行きます。

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精華町も祝園(ほうその)の辺りはもうすっかり「都市」な感じですが。
京田辺に近いところだと、自然が残っているところも多いのです。
(写真は一週間前、「山手幹線」から撮ったもの)

何となく、周辺の方が波長が合うところが多いかもしれない。

いずれにしても。
今はこの場所で「住みたい街」と思えるような、いいところを見つけていきたい。

ムリにってことじゃなくて、きっとたくさんあるはずだから。
万が一なかったとしても、つくったり変えたり、自然な流れでできるはずだから。

そして、「住んでよかったね」と、子どもたちとも振り返れたらいいな。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街

書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街
by リクルート住まいカンパニー

「暮らし」を売った男。


ありがたいことに、秋はライブのお誘いが多くなります。
そんなわけで、新しい曲もつくれたらと思っていて。

この夏に急遽つくった『今日は投票日』はあるけれど。

ゆるい選挙ソング、つくってみました。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


その前の『太陽に問う』が1月に完成、ってことは今年はまだ2曲かぁ。

太陽に問う。 - とむやんの氣まぐれ雑想記


未完成のものはどんどん溜まっているのですけどね。


今、11月10日に予定しているライブのための曲づくりをしているところ。
キペルス・パピルスとして、毎年恒例でやらせていただいていた「Peaceful Time」。

過去記事を見てみたら、最後は2015年の11月10日。

誰も欠けてはならぬ☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記

「Peaceful Time vol.5」ってことは、次が6回目ってこと?
なんかもっとやったつもりでいたな。

11月11日か10日、そして2月11日、その辺の日付で開催していました。
4年ぶりということになります、よろしければ是非。

場所はもちろん、滋賀・栗東のcafe salon STILLROOM。
詳細はまた改めて。



さらっと告知もしたところで、今日(2019.9.23)はふと思ったこと。

ここ最近、「この国のあり方」が本当にますますひどい。

元々、「責任の所在」が曖昧なことが多かったけど。
「上層部」が責任を取らない傾向が、すっかり定着してしまった感があります。

責任どころか、「犯罪」と言えるようなものが簡単にスルーされていく。

これで10月から消費税を上げるなんて。
そして、そのことに大してみんな「関心」がないのかな?
もう当たり前のこととして、受け入れちゃっているかのよう。

もう今だって正直きつい、と思うんだけどなぁ。

そんなことを考えていて、ふと『アベコベ⇔シンドローム』の一節が浮かびました。
一応注釈を付けておくと、ぼくが2年前につくったオリジナル曲です。

アベコベ⇔シンドローム - とむやんの氣まぐれ雑想記


「生活の歯車が 破綻して空回りする」
実はこれ、最初につくったときとは歌詞がちがいます。

でも、当初とはちがう「生活」に置き換えたら、妙にしっくりきた。

自分で歌詞を書いていても、そのときは意味がわからないということがよくあって。
この部分は特に、どういう意味だか自分でもわかっていませんでした。

「生活」にしてみると、これって今の状況そのもの、と思えてきます。

「生活」とか「暮らし」って、本来はもっと「豊か」なもの。

この場合の「豊か」は金銭的なことだけじゃない。
たとえば、自分で望んで選び取っていけるかどうか、とか。

残念ながら、現代は「仕方なく」という方がぴったりという人が多いのかな。
「生活の歯車」って、何となくそういうイメージ。

だけど、それさえも破綻状態で、噛み合わない歯車がカラカラと虚しく回っている。


ついでに、そのAメロの2番と3番の後半を入れ替えました。
この歌詞を載せたブログの最後には、「歌詞の変更はもうない」と書いているのにね。

保険として、「あった場合はこっそり修正します」とも書いている。
今回はこっそりではなく、一応ここでカミングアウト。


以前、くらしとせいじカフェだったか、別のときだったか。
ぼくだけじゃなく、いろいろな人がさまざまな言い方をしているとは思いますが。

今、自分たちの「くらし」を取り戻さないといけない。

多様な学び☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記
(今見つけたのは3年前の記事、そんな感じのことを思って書いたもの)

もしかして、どこかのタイミングで「くらし」を売り渡してしまったんじゃないか。
『MOMO』の時間泥棒みたいに。

〈時間〉というもの。 - とむやんの氣まぐれ雑想記




Twitterで、日本経済新聞の「ニンジンの皮もおいしく!増税に勝つ食べ切り術」という記事が話題になっています。

言われるまでもなく、ニンジンの皮、剥くことなく食べてますよ。
フードロスの観点はともかく、それで増税に打ち勝て、だなんて。

足らぬ足らぬは工夫が足らぬ
「欲しがりません勝つまでは」

日の丸弁当」奨励、国民精神総動員、滅私奉公。
どんどん戦時下のようになっていく。


『世界を売った男』という歌があったけど。
(The Man Who Sold The World)

一体誰が、庶民の「暮らし」を切り売りしているんだ?

はっきり言って、もうこの〈船〉は沈みかかっています。
いや、半分くらい沈んでいるのか?

それなのに、まだ「遠い海」に出ようとしている、そんな風に感じます。
今必要なのは、陸地に引き返して、あらゆるところを点検、修繕すること。

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(9月19日の夕空、手前の雲が彩雲っぽいのだけど、写真だとますますわからない)


なんか、アナザーストーリー「ノアの箱舟」みたいなね、知らんけど。

本当に、いろいろと「ひっくり返す」必要がありそうです。
「覆水盆に返らず」というより、まずは「その水、腐ってますよ?」。

総取っ替えに近いかたちで、できないものかなぁ。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

自分の意見の境界線問題。


一週間前の9月4日で、このブログをはじめて4年が経ちました。

当日に何か書こうと思いながら、9月に入ってからの猛暑にやられて。
ひとつのことをするにも、えらく時間がかかってしまったりしますね。

ともかく、読んでくださっている方、いつもありがとうございます。

先日も、「読んでます」と言ってくださった方がいて。
数回しかお会いしたことないのに、そう言ってもらえるなんて。
恐縮しつつも、とてもありがたいなと思いました。


ちなみに9月4日は、うちの末っ子の誕生日です。
週末にお祝いするはずが、ひと悶着あったり。
まあ、また機会があれば書こうかと思っていますが。

切り紙のタヌキ。 - とむやんの氣まぐれ雑想記

(↑一年前はこんなこと書きました)


今日(2019.9.11)は、このブログのこれからについて、ちょこっと書いてみます。



Twitterなどでよく見る「わかりみ」とか「わかりみが深い」という言い方。
別に難癖付けるつもりはないのですが、以前から何か氣になっていて。

まあ、自分では使わないでしょうけど。

他にも「つらみ」とか「やばみ」とかあるらしい。
なので、「わかる」ということに特化しているのではない、のかもしれませんが。

でもやはり、「わかりやすさ」というのは今の人たちはとても敏感なのでは?

もっと言うと、「私のことをわかってほしい」ということ。
わかってもらえるかどうか、が何かしらの「基準」になっている、というのかな。

確かに、このブログもどうしたらより「わかってもらえるか」を考えたりします。
共感してもらえたり、わかりやすかったと言われると嬉しかったり。
逆に、真意じゃない捉え方をされたら、慌てて補足したり。


でも、端的に言うと「わかり合える」なんて、「幻想」に近い。
厳密に言えば、そういうこともありえるけれど、大抵は「思い込み」。

そもそも、「わかり合えて」いるかどうかを確認すること自体、とてもむずかしい。
いや、もしかすると言葉に頼らなければ案外、うまくいくのかな?
今回はそこまで掘り下げないですけど。



最近読んだ本やネット記事などから、「共感」というものの「光と影」について、あれこれ考えたりしています。
というと、ちょっと大袈裟かな。


まず、自分で自分を理解(というか認識?)しようとすることは大切。
それを人が理解するかどうかは、別問題。

「人にわかってもらえるか」は指標にはいいけど、目的にしてしまうとややこしい。

逆に、わかってもらおうとすることで、「犠牲」にしているものがあるかも?
(大衆に迎合し、本音が出せなくなる、顔色を窺ってばかりになる、など)


よかれと思ってやったことでも、裏目に出てしまう、よくあることです。

もうでも、それをいちいちひっくり返そうとしなくていいのかも。
自分がその真意をわかっていれば、「どう思われるか」に一喜一憂する必要はない。

その辺のことは以前から考えていたことではあるのですが。
ここに来て、少しずつ頭が整理されてきた氣がします。

とまあ、今回は詳しく書かないので、何のこっちゃと言う感じでしょうけれど。

わかってもらえたらやっぱり嬉しい、でもわかり合えなくても当たり前。
わかってもらおうと工夫を凝らすことはあっても、ムリすることはない。

先ほどの「わかりみ」も、なぜ「み」をつけるか、なんですよね。
これって、「わかる~」じゃなくて、「わかる(’はず、たぶん)」ってこと。

ある意味「保険をかけている」、「100%支持ではないよ」と。

それがわるいとかではなく、もうそこまで氣遣いしなきゃいけないって、どうなのよ。
どうなのと言いつつ、ぼくも曖昧な表現は多いかもなぁ。


そう言えばいつだったか、Twitterの「リツイート」を開発した人が、その機能を「後悔している」という内容の記事を読みました。
むしろ、こっちは共感を「氣軽に」できてしまう問題、ということでしょう。

自分の言葉はできるだけ曖昧にする一方で、人の意見は簡単に共有してしまう。
「自分の意見」の境界線問題、とでも言いましょうか。

バウンダリー(心の境界線)」という言葉は、心理学の用語なのかな。
最近知った「HSP(Highly Sensitive Person)」も関連しているみたいだし。

その辺は、このブログのこれからの大きなテーマになりそうです。


わかってもらおうとは思わない、わかってもらわなくてもいい、そんなブログ。
これも説明不足なんだろうけど、今はこれでよしとしよう。

そう言えば、ニュースとかの見出しも誤解を生むものが多いなぁ。
あえてそうして、興味を惹こうとするものも結構あるし。

その辺も踏まえて、今後もいろいろ書いてみたいと思います。


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(↑幼稚園のお迎え途中の蓮の畑にて)


                    せれんでぃっぽ☆とむやん

カナリアの歌が聞こえなくなるとき。


書きたいことが多過ぎると、かえって何から書こうかわからなくなります。
でも、そんなこんなでもう8月が終わってしまう~。

今月は結局、アイスクリームのことしか書いてないや。
(まあ、それはそれでいいのだけど)



ここ最近、おかしなことがまかり通り過ぎていて、何だか麻痺してしまいそうです。
もちろんこれに慣れてしまってはいけない、と思うのですが。


話は変わりますが、ぼくは朝早く起きるのがニガテです。
目覚まし時計が鳴っても、止めて「あと5分」という感じで寝てしまったり。
それで何度も失敗しているのに、同じことを繰り返してしまいがち。

ちなみに、目覚まし時計が鳴らす音を「アラーム」と言いますが。
「アラーム(alarm)」の語源って、イタリア語でall'arma!(武器を取れ)なんだそう。
結構物騒な語源でビックリしました。

まさに「警告」のための合図、なんですね。


さて、ここからが本題。

たとえば、「あれ?おかしいな」と違和感をもつようなことがあったら。
まずはそのことを何かの形で表明しようとしますよね。

それが友人のことだったら、相手にそう伝える、とか。
世の中のことなら、詳しい人に聞いてみるとか、今だったらSNSに投稿してみるとか。

だけど近年、この「アラーム」が、バンバン「OFF」にされているように感じます。
いや、「アラーム」になる前のほんの些細な違和感、それさえも消されてしまう。

「耳障りな音」はない方がいい、そうに決まっています。
だからこそ、目が覚めるべき時間に起きられるように、アラームをセットするのに。

ある意味、自分の眠りを邪魔するわけです、アラームは。

先ほどの目覚まし時計の例のように、「OFF」したくなる氣もちはよくわかります。
だけど、それで後で困るのは自分なんです。

それが今では、微細な違和感の段階でも「OFF」にしようとする。


問題や不都合が出てきても、それを隠したり消してしまえば、当然状況は悪化します。

脱線するので今回は書きませんが。
問題が起きるという「試練」は、むしろ大きなチャンスだったりするわけです。

ところが本質から目を背けて、表面的に都合のいいことだけを信じる。
これでは、人も社会も成長するはずがありません。



先日、昔の友人がSNSで「自虐史観」という言葉を使っていてビックリしました。
自虐史観」なんて、まだ使っている人がいるのか、と。

自虐ではなく「自省」だと、いろいろな方が指摘しているし、その通りだと思います。
歴史を振り返るにあたって、内省的な視点というのは不可欠なはずです。

目覚まし時計を鳴らすのは、自分を虐げたいからではないのです、当たり前だけど。

それでも不都合な史実を知りたくない、のなら。
いわゆる戦国時代とか、敵対する家系を根絶やしにしたり、兄弟で殺し合ったり。
そういうことも「自虐史観」として、見ないふりでもしていればいいんじゃない?


このブログで何度か書いたと思いますが。
ぼくは基本、「反省」をしないことにしています。

というのは、ただの後悔はするだけムダ、だと氣付いたから。

じゃあ、歴史を学ぶことは?自分がやったことじゃないことを顧みることは?
自分も同じことをしてしまう可能性を直視して、どうしたらそうならないかを学びたいから。

反省は過去にばかり捉われている、自省は過去からよりよい未来を夢想する。
自分にとっては、そういう使い分けなんです(というか今考えました)。

不都合なことを見なければ、残念だけど同じ失敗を繰り返すのです。
なぜ謝るのかと言えば、負のループを断つため。

失敗から学ばない、失敗をなかったことにする、その方がよっぽど「自虐」なのに。


「炭鉱のカナリア」は目覚まし時計と逆で、有毒ガスを検知するとカナリアはさえずるのをやめてしまうのだそうです。

静かになったカナリアに氣付くのは、案外むずかしいことかもしれません。
アラームが鳴る鳴らないはあくまでも合図、それを感知してどういう行動をとるのか。


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(今日8月31日の夕空、真っ赤でした)



もうこの何年か、そしてこの数ヶ月は特に、まるで「沈黙の春」に向かうかのように。

そう言えば最近、カナリアの歌声聞いてないね。
あなたは氣付くのかな。
ぼくも氣付けるのかな。

やけに静かだな、そう思って開けた扉の外に何が見える?


それとも。

アラームを止めてやり過ごしていたら、昼過ぎまで寝過ごしてしまった。
どうして誰も起こしてくれなかった?
いや、何度も声かけたんだよ。

目覚まし時計は投げられて、電池が外れて止まったまま。


異変に氣付くことが「ネガティブ」なんじゃない。
それをスルーするスキルは「ポジティブ」じゃない。

そうそう、案外「静か」でもないんだなぁ。
ぼくが「おかしいな」と思うものが、なぜか大声で語られている。
多くの人、そして大声、まるでそっちが主流で「正しい」かのように。


これらは決して、悲観して言っているのではありません。
実際、悲観しているような段階じゃない、ほんとに。


そうか、カナリアのさえずりのような「アラーム」って、あり得るのかも?
いや、すでにそういう「歌」も聞こえ始めている。

発想の大転換が必要だし、案外そのビッグチャンスが来ているのかもね。


                    せれんでぃっぽ☆とむやん