とむやんの氣まぐれ雑想記

〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

運命のいたずら…かもね。


12月21日、日曜日。
滋賀・栗東のcafe salon STILLROOMへ。
スティルの小さなマーケットtree vol:25で、キペパピ最後のLive生演奏。

朝から雨、でもそんなに寒くはなくて。
最寄り駅まで行くだけで、汗だく&荷物は雨に濡れてしまった。

生歌でやることにしていたから、せっかく荷物を減らしたのにな。
自転車は使えないし、結局予定より遅くなってしまった。

でも、喜多家が手原駅まで車で来てくれて、ありがたかった。
11時からの、よしこストンペアのライブも何曲か聞けた。



キペパピのライブは、14時から。
たくさんの人が来てくれた。

3人それぞれが自分のオリジナルを1曲ずつ、という予定、曲順は決めていなかった。
ぼくは『Suzy』を1曲目で、と言ったのだけど、それは却下された。

リハ的に『さんたさん』を弾いていたら、急遽やりことになって、ライブSTART。

あきさんの『うたのいれもの』、ちさちゃんの『ちいさなともしび』。
そして、ラストは『Suzy』。

サビの、「スージー」をみんな歌えたら歌って、とちさちゃんがMCで言う。
正直、歌いながら呼びかけるのがうまくないので、あ〜あと思いつつ。

実際、スージーのあとのサビ部分はだいぶミスしている…。
それに、マイクなしでやったのと(PA置くスペースがない)、力んでしまったのとで。
音程が不安定になってしまい、出来としてはあまりよくなかった。
(次、ソロでやるときは一音上げようと思う)

キペパピをやってきて13年近く、一般的な「緊張」はしなくなったけど。
力んでしまう/余計な力が入るのも、緊張の一種なんだろう。
適度な緊張は、必要ではあるのだけど…。

まあそれでも、やっぱりスティルルームで『Suzy』を歌えてよかった、と思う。
音源は、動画にしてYouTubeに投稿しようと思っている。
演奏や歌にミスはあっても、あの瞬間を共有できたことを記録しておこう。

オリジナルソング『Suzy』については、あとで音沙汰blogの方に書く予定。


で、『Suzy』を終えてすぐ、アンコールの手拍子。
ありがたいなぁ。

用意していなかったけど、『愛を注いで』と『すばらしいみんな』をやって、今度こそ終わり。

15時でマーケットも終わりの時間、だけど片付けなどもあって、ぼくらもしばらくいさせてもらう。
出店されてた方々は、ライブを聞けていないということで。
『こころ』をやって、今度こそ本当に終わり。

スティルルームに来るまでで、もう疲れて大変だったけど。
来てよかった、最後のライブをここでできてよかった、としみじみ何度も思う。

スティルルームは、キペパピではじめての単独ライブをした場所。
それがなかったら、もうとっくにキペパピなんてやめていた、かもしれない。

『Suzy』の歌詞の通り、ある種の「運命のいたずら」なのかも、とさえ思う。

最後に、Under Treeのショートケーキ&スティルルームのコーヒー。
これまた、歌になるようなケーキだ。

 /とむやん

このケーキは歌になるか


前々回に書いた、「年内に行きたいところ」。
カイドウコーヒーのコーヒー豆は、年末年始の珈琲として、おもてなし用として買っておかねば。

早めに行っておきたい、ということで、昨日行ってきた。

12月18日、十五時過ぎ。
カイドウコーヒー焙煎所のカフェ席は、並んだ4席の2つが埋まっていた。
仕方がないけど、先客の間に座る。
距離が近めなので、正直くつろげる感じはしない…。

サンタショートというショートケーキと、ホットコーヒーはペルーを。
そそくさと珈琲タイムを楽しんでから、買ってかえるコーヒー豆を選ぶ。

中煎りのキリマンジャロと、深煎りコロンビアを100gずつ。
ポイントカードが貯まっていたので、100g分が無料になった。
もちかえりのスイーツも買って、2000円ぐらいの会計にする。

お菓子は、コッツウォルズのアップルケーキとガレットブルトンヌを購入。



キペパピのZINEにもちょこっと書いたの(本当にオマケ程度に)だけど。
片岡義男・著『豆大福と珈琲』に収録の、「この珈琲は小説になるか」は何かの折にふと浮かぶ言葉だ。
「珈琲」は、人だったりお菓子だったり、その対象はさまざまに置き換えられる。
そしてぼくは、小説を「歌(歌詞)」に置き換える。

ミニZINEに書いた、書きかけの『最後の新作』はまさに、「このケーキは歌になるか」という問い、そして「Yes」と脳内で即答したものだ。

片岡義男の小説を読んでからは、この問いかけがいつもスタンバイされている。

それにしても、片岡義男の小説には不思議な魅力がある。
唯一無二だ。
『豆大福と珈琲』を、タイトルに魅かれて読んだのがきっかけだった。

会話の台詞回しが独特、正直最初は違和感があった。
こんなに「クセ」になるとは思っていなかった。

「深煎りでコロンビアを200グラム」というタイトルのものもある。
これもまた、脳内に勝手に浮かんできてしまう言葉だ。
奇しくも、深煎りコロンビアを頼んだから(100gだけど)なおさら。



12月19日。
今日は奈良へ行く予定で、ほんの入り口と、pastane蓮蓮に行きたいと思っている。
しかし、出かける直前なのに、iPadの電源が切れてしまった。
あぁ、これでは写真は撮れない。

pastane蓮蓮のスイーツは、世界中のさまざまなお菓子。
以前、JR奈良駅の広場でのコーヒーイベントと、つい先日の普賢寺ふれあいの駅で出店されていたときに、焼き菓子を買った。
聞いたことのない名前の、異国のお菓子。

ここのケーキもまた、歌になりうるものだろう。

実際に、それで歌がひとつ、つくれるかどうかはまた別の話、ではあるけれど。

 /とむやん

セレンディピティ


このブログを「はてな記法」で書くようになったら、ずいぶん楽になった。
どうしてもっと早く氣付かなかったかなぁ。
iPadでメモしたものをコピーするのに、これだとそのままコピペできるのだ。



さて、水曜日は住道へ。
次男の付き添いで毎週夕方に行って、2時間ほど「自由時間」がある。

今日はまず、アメツチへ。
スケジュール等をチェックするために、カフェによく行く。

もうひとつのお氣に入りの、cafeねむの木堂は来週行けたらと思っている。
クリスマスイブだけど、混むのかな、どうかな。

今日は、豆乳くるみスコーンと、ジンジャーチャイ。
朝からあまり調子がよくないので、コーヒーはやめておく。
スコーンは、古都華いちごのジャム付き。

出かける前ぐらいから降り出した雨は、このときもまだ止んでいなかった。
写真もなんとなく、もやっとしている(外との寒暖差のせいでもある)。

18時ちょっと過ぎ、お店を出てセカンドストリートまで歩く。
ズボン類がほしかったのだけど、あまり探す時間がなかった。
それなのに?インテリア雑貨や、前から目を付けていたマイクスタンドを買う。
今度やる配信に使えるかも?と思って。

そうだ、今日はズームでイベントの視聴をする予定があったのだった。
ワイヤレスイヤホンを忘れたので、仕方なく駅前の百均で買ったイヤホンで。

『京大マガジン』構想のためのスペシャトーク「言葉と人間」、というタイトル。
三宅香帆さん、藤原辰史さん、三島邦弘さん、というすごいトークセッション。
買いものしながら、音声だけを聞く。
(現地には行けないので、配信を申し込んでいた)

やはりおもしろかった。
一部、聞きにくかったり、集中できなかったりで、聞き逃しているだろうけれど。

三宅香帆さんの本、ぼくはまだ読めていない。
藤原先生によれば、「ノイズ」という言葉がキーワードとして出てくるんだそうで。
それを、藤原先生が解きほぐしていくのがおもしろかった。

ちなみに、「先生と呼ばない」という話もあった?みたいだけど、その辺はあまり聞けていないのと。
藤原先生が、ご自身も「先生と呼ばれたくない」話だったかは未確認。
それと、どうしても「藤原先生」で慣れてしまっているので、今回はこれで。

話を戻すと。
どうして「紙」の媒体にこだわるのか、それが好きなのか。
その辺の話がおもしろかった。

紙媒体には、「ノイズ」が多くなるわけだけど、端的に言えばそれが「魅力」なのだ。

本屋や図書館の、例えば隣にある本が目に入る、とか。
そういった「思い通りにならない」ことにこそ、紙媒体のよさがある。

三宅さんは、デジタル媒体は「貸し借り」ができない or しにくいことも言及されていた。
これは一見、「思い通りにならない」が真逆のようだけど。
デジタルの場合はただ「融通がきかない」という感じがする。
紙媒体は「貸し借り」がしやすくても、同時に「思い通り」にならないことが発生してくる。
それはまさに、「ノイズ」のようなものだろう。

クリスマスの時期の恋愛映画で、ぼくが大好きな『セレンディピティ』。
そもそも、「セレンディピティ」という言葉が好きで、だからこの映画も観た、んだったはず。
(「セレンディピティ」は本で知ったのが先、だったはず)

クリスマスの、映画と絵本と、音楽と。 - とむやんの氣まぐれ雑想記
(前に、映画のこと書いたよなぁと確認したら、なんと10年前だった)

セレンディピティは「思いがけない偶然」、特に「失敗」から生まれた偶然の産物、それを見逃さない力、のこと。
このトークは、最後に「失敗」というキーワードで終わるのだけど。

そういえば、汗や涙など、出そうと思って出すものではない「体液」、それを「ツヤ/艶」として藤原先生は表現をされていた。
これもまさに、ニンゲンが「思い通りにならないこと」であって、だからこそ発見の余地があるし、おもしろいのだ。

アーカイブはない感じなので、リアルタイムでなんとか聞けて、よかった。


 /とむやん

年内に行きたいところ。


草津小市でのライブも終えた。

11月は、日曜日4連続でライブ出演。

11月9日[日]
【滋賀・彦根】秋のガレージセール(ガレージじゃなくて公民館だけど)2025
 /新海町公民館前のさざなみホール
11月16日[日]
【滋賀・大津】オーガニック&つながるマーケットinしが
 /三井寺園城寺)千団子社周辺
11月23日[日]
【奈良・船橋町】「キペルス・パピルスLive 〜読めや歌えや、の入り口〜」
 /ほんの入り口
11月30日[日]
【滋賀・野洲】「名残り惜しのLive」
 /ハクハク茶小屋

一応記録のため書き出してみた、よく乗り切れたね、と思う。

そして、昨日の草津小市。
今度は少し間が空いたと思ったけど、2週間なんてあっという間だった。

帰ってからはもう倒れるように眠って。
日曜日はほぼ動けず、今日もかなり寝て、なんとかやっともちなおした感じ。

疲れが蓄積しているからかもだけど、本当に回復が遅くなった。


ライブの振り返りは、またいずれ書くつもりではいる。
(いつものように、書けずに終わるかもだけど)


今日は夕方、祝園方面へ行った。
そのことだけを書いて、今回は終わろう。

ずっと行けてなかったMahou Coffeeへ。

(マホウブレンドと、黒糖バニラチーズケーキ)

年内に、行っておきたいところはまだいくつかある。
忘れそうだから、ここに書いておくか。

奈良、ほんの入り口、年内に「置きウクレレ」をもっていけたらよかったけど。
pastane蓮蓮にも寄りたい、候補は金曜日か土曜日。
京都、アップリンクに行くのは、金曜日がいいのだけど。
今週はムリかも、とするとあとは26日しかない、か。
喫茶ゆかりやがちょうどやっているときだといいな。
あとは、マカリナ食堂、カイドウコーヒー焙煎所、ラバーズセクレート。
mereはなかなかタイミング合わないけど、行けたらいいな。
もうこの時点でいっぱいいっぱいだあなぁ。

今年の11月12月は、駆け抜ける(た)感がある。
今月も、もう折り返し。


 /とむやん

最後の新作


Remembering John Lennon

先月、キペパピのフリーペーパー「The Peaceful Times」をつくった。
そこで、オリジナルソングの『はじめの一歌(いっか)』と、未完成の『最後の新作(仮)』について書いた。

キペパピでのライブで、オープニングになる曲をつくりたい、と『はじめの一歌』を書いたのだが。
奇しくも、「はじまり」の歌がキペパピでの「最後の新作」となりそうだ、と。

『最後の新作』は、ル シエルが閉店される3日前に発表されたケーキに、感銘?を受けたことによるもの(2023年12月末)。

そして、その年の11月にはビートルズの新作『Now and Then』が出ている。
アンソロジーのときには出せなかったものが、AIの進歩?によって可能となった。

AIの進歩?については、やはり「?」をつけなくてはいけない。
それでも、こういう使われ方は悪くないように思えてしまう。

ともかく、ジョージもいない今、これ以上新作が出ることはないだろう。

ビートルズのメンバーのソロ作品などは、ぼくはリアルタイムで体感できた。
それはそれで「ラッキー」だったとは思う。

最近(と言ってももう3〜4になるか)ビートルズなどを聴きはじめた長男が、羨むのもわかる。
ただ、その長男もビートルズの「新作」は体感できたのだ。

2023年を振り返る。 - とむやんの氣まぐれ雑想記
(↑2023年の記事を見返したら、ル シエルのこと、最後の新曲のことも書いてた)


ジョンが生前最後に発表したシングルは、『(Just Like) Starting Over』。
これも何の巡り合わせなのか、「再起」の曲が「最後の新作」ということになる。

でも、これを「皮肉にも」とは言いたくない。
むしろ、ジョンらしいなとでも、言うのがいいのかもしれない。

キペパピは、それを真似したわけじゃなく、これも本当にたまたまの巡り合わせ。
なんなら、下手したら『はじめの一歌』は活動終了前に、間に合わなかったかもしれない。
一度は完成、と思ってソロのライブでは歌ってもいる。
けれど、これでは出せないと書き直して、2年が経ってしまった。

『最後の新作』という曲に関しては、Aメロ部分はほぼできている。
Bメロ的な部分、いわゆるサビをどうするかも含めて、そこがうまくいってない。
最後はAメロに戻りつつ、変化してエンディング、というところまでイメージはしているのだけど。


ビートルズの、ジョンの存在がなかったら、ぼくは音楽活動はしていなかったはずだ。
のちにはジョージの方が好きになって、影響もだいぶ受けてはいる。
でも、入り口としては、やはりジョンだった。

昨日は、YouTubeで『Whatever Gets You Thru The Night (Live)』を聴いた。
そのライブのことを、Instagramなどに投稿するのでここには書かないけれど。

そうか、「ジョンの最後の公の場でのライブパフォーマンス」だったんだなぁ。
ぼくは1974年7月生まれだから、このときまだ4ヶ月。
ジョンに関しては、ぼくもリアルタイムに体感するのはムリだったな。


 /とむやん

読めや歌えや、の入り口

 

キペルス・パピルスの活動を、2025年の年末で終わりにする。

 

一年前にメンバーにもそう伝えて、アナウンスもしてきたけれど。

案外(でもないのか?)、伝わってなくて今になってやっと反応がかえってきたりする。

2025年前半は、そんなわけでキペパピでの活動は、なんと「ゼロ」だった。

 

その反動、というわけでもないのだけど、11月には4連続日曜日ライブ。

(9月10月は、あまり予定を入れられなかった、という事情もある)

 

それで、奈良の「ほんの入り口」は、キペパピでライブをやっておきたい場所のひとつで。

店主はっとりさんも前々から「是非」と言ってくださっていた、本当にありがたい。

 

しかし、ふとスケジュールを見ると、ライブの予定を入れられる日が11月23日しかないではないか。

慌てて、はっとりさんにメールを送って…。

 

嬉しいことに、無事実現することになりそうです。

 

「キペルス・パピルスLive 〜読めや歌えや、の入り口〜」

日時:11月23日[日]

場所:ほんの入り口[奈良・船橋町]

参加費:¥2,000 (※要予約) 14:30開場/15:00スタート

 

タイトルをどうするか。

「ほんの入り口」のイベント名には〜の入り口」としているものが多くて、できれば同様にしたい。

以前、ソロの芥知之介名義でやったイベント名は「弾き語りの入り口」とした。

 

今回は、ふと「読めや歌えや」という駄洒落?が浮かんだ。

そしたら、挨拶文も(比較的)さらさらと書けてしまった。

 

そんなわけで、以下にその文を載せておきます。

ちなみに、熱に浮かされるように綴ったタイトルと挨拶文を、後で少し冷静になって読んでみて。

ちょっと慌てて、追記を書き足したのでした。

 

なくてもいいのかもだけど、たぶんはじめましての方が多いと思うので。

 

キペルス・パピルスLive

〜読めや歌えや、の入り口〜

 

本が好きだ。

メンバー3人ともそれぞれ「本好き」だったことで、ライブの際には本を紹介したり、朗読したりなんてこともあった。

オススメしたい本があるから、という理由で曲を選んだりも。

 

キペルス・パピルスの名前は、「パピルス紙」をつくる「カミガヤツリ」の学名を拝借した。

紙の本が好きだから、という理由ならよかったかもだけど、残念ながらそれはただの「偶然」。

 

活字が好き、言葉が好き。

 

自分で歌をつくるようになって、だけど歌詞を書くというのはなかなかに難しい。

詩集や歌集なども参考にしようと思って読んでみても、あんな風には書けない。

文学的な歌詞とか憧れたりするけれど、正直「文学」をほとんど読んだことがないので、まあ書けるわけがない。

 

それでも、「言葉と戯れる」感覚は、とても楽しい。

そう、ぼくの書く歌詞は、そのほとんどが「言葉遊び」だ。

 

「生みの苦しみ」もあるにはあるけれど、悩んだり焦ったり、それは案外つらいことじゃない。

むしろ、落ち込んだり苦しかったりしたとき、「言葉遊び」は大いに助けになる。

 

自分にとって、本を読むことと歌を(つくって)歌うことは、ある意味裏表の関係、インプットとアウトプットとして、大きな意味をもつ。

そしてどちらも、「抗う」ために非常に重要な「活動」だと思っている。

 

つまらない、理不尽な、生きづらい世の中に抗って、おもしろおかしく生きたい。

 

「読めや歌えや」 ふと、そんなフレーズが思い浮かんだ。  

どんちゃん騒ぎ」とまではいかないが、ぼくらのライブを楽しんでもらえたら嬉しい。

そしてライブ後には、活字が読みたい、自分も歌をつくって誰かに聞かせたい、などなど、そんな感覚になってもらえたらすごく嬉しい。

 

そんなライブにできるだろうか、需要はあるんだろうか。

わからないけれど、だからこそやってみたい。

 

キペルス・パピルスは2025年で活動を休止する。

またいつか復活するかもだけど、奈良でライブをするのは、ほんの入り口でライブをさせてもらうのは、これが最初で最後、かもしれない。

 

だから、あなたと、そのひとときを共有できたらと思う。

そのときは、あなたを「読み友だち」と思ってもいいだろうか?

 

 /キペパピ岸田

 

一応念のため、追記。

「読めや歌えや」だと、さも観客参加型かのようですが、たぶんそういう風にはなりません。

コール&レスポンスとか、本当はできたらいいのですけどね…。

 

そうだ、それからチラシ的なものも、つくりたくなってしまった。

というわけで、↓iPadで描いてみたもの。

 

 

後悔月誌2025年05月〜07月

ずいぶんと放置していた。

5月に、後悔日記を書こうと下書きまでは残していたが。

「後悔日記 2025/05/28」は、結局投稿しないまま2ヶ月が過ぎた。

5月17日、父が他界した。

あっという間だった。

入院したと聞いて、もう長くはないかもと聞いて。

高速バスで埼玉に帰った、そのときの心境はメモに残していた。

【今、京都駅に向かう電車の中で、これを書いている。

【この何日か、不安で胸が苦しい。

【父が入院した、長くはもたないだろう、という。

【水曜日のいつもの用事を済ませて、荷物を転がして、これから深夜バスに乗るところだ。

【なんとなく、覚悟はしていた、つもりだった。

昨年の夏、帰省したときの帰りの川口駅で。

父の背中を見ながら、何となくもう会えないような、そんなことを考えた。

そんな「予感」は慌てて振り払ったけれど、やっぱりそうだったかと思ってしまう。

6月に、ほんの入り口で「弾き語りの入り口」という店内ライブをさせていただいた。

7月は、参議院議員選挙、そしてオーガニック&つながるマーケットで歌ったこと。

あとは、子どもたちの予定が結構タイトで、忙しいまま、7月もまた終わろうとしている。

その辺のことは、また別で振り返るつもりだが。

まずは、これを書いておかないことには、次が書けない、と思った。

「日記」ではないから「月誌」、妙なタイトルになってしまった。

ブログをずっと再開できなかったけれど、SNSがいろいろ問題のある今、「主軸」をブログに戻したい。

せっかくつくった別のはてなブログ2つも、これを機に書きたい。

弾き語りの入り口のことは、そっちに書こう。

今回は、これ以上書けない。

父の葬儀のことは、改めて書こうと思う。

ちょっと前まで書く氣力がなかったけど、書きはじめると「はずみ」がつくのかもしれない。

 

 

葬儀がすむまで、落ち着かなかったから、赤羽自然観察公園に行った。

そのときの写真↑

 

 /とむやん