とむやんの氣まぐれ雑想記

〈探幸王〉を目指して、さまざまな想いを綴ります☆

あれもこれも本とのこと?!「個人の尊重」

☆
(あとでまた書き直します、とりあえず原稿の画像とリンクなどを貼っておきます)




以前書いた記事。
serendippo.hatenablog.com


くらしとせいじカフェのブログ、信楽と草津での憲法カフェの報告。
くらし と せいじ cafe


『僕は、そして僕たちはどう生きるか』/梨木香歩
『日本という国』/小熊英二
『小さいおうち』/中島京子
『茶色の朝』 /物語:フランク・パヴロフ(藤本一勇 訳)
  /絵:ヴィンセント・ギャロ /メッセージ:高橋哲哉
『包帯クラブ』/天童荒太
『国家は僕らをまもらない』/田村理
『カラフル』/森絵都
『幸運力が高まる生き方』/ウィリアム・レーネン(伊藤仁彦 訳)
『いわずにおれない』/まど・みちお
『今あなたに知ってもらいたいこと』/オノ・ヨーコ

運命のいたずら…かもね。

☆
12月21日、日曜日。
滋賀・栗東のcafe salon STILLROOMへ。
スティルの小さなマーケットtree vol:25で、キペパピ最後のLive生演奏。

朝から雨、でもそんなに寒くはなくて。
最寄り駅まで行くだけで、汗だく&荷物は雨に濡れてしまった。

生歌でやることにしていたから、せっかく荷物を減らしたのにな。
自転車は使えないし、結局予定より遅くなってしまった。

でも、喜多家が手原駅まで車で来てくれて、ありがたかった。
11時からの、よしこストンペアのライブも何曲か聞けた。


☆
キペパピのライブは、14時から。
たくさんの人が来てくれた。

3人それぞれが自分のオリジナルを1曲ずつ、という予定、曲順は決めていなかった。
ぼくは『Suzy』を1曲目で、と言ったのだけど、それは却下された。

リハ的に『さんたさん』を弾いていたら、急遽やりことになって、ライブSTART。

あきさんの『うたのいれもの』、ちさちゃんの『ちいさなともしび』。
そして、ラストは『Suzy』。

サビの、「スージー」をみんな歌えたら歌って、とちさちゃんがMCで言う。
正直、歌いながら呼びかけるのがうまくないので、あ〜あと思いつつ。

実際、スージーのあとのサビ部分はだいぶミスしている…。
それに、マイクなしでやったのと(PA置くスペースがない)、力んでしまったのとで。
音程が不安定になってしまい、出来としてはあまりよくなかった。
(次、ソロでやるときは一音上げようと思う)

キペパピをやってきて13年近く、一般的な「緊張」はしなくなったけど。
力んでしまう/余計な力が入るのも、緊張の一種なんだろう。
適度な緊張は、必要ではあるのだけど…。

まあそれでも、やっぱりスティルルームで『Suzy』を歌えてよかった、と思う。
音源は、動画にしてYouTubeに投稿しようと思っている。
演奏や歌にミスはあっても、あの瞬間を共有できたことを記録しておこう。

オリジナルソング『Suzy』については、あとで音沙汰blogの方に書く予定。


で、『Suzy』を終えてすぐ、アンコールの手拍子。
ありがたいなぁ。

用意していなかったけど、『愛を注いで』と『すばらしいみんな』をやって、今度こそ終わり。

15時でマーケットも終わりの時間、だけど片付けなどもあって、ぼくらもしばらくいさせてもらう。
出店されてた方々は、ライブを聞けていないということで。
『こころ』をやって、今度こそ本当に終わり。

スティルルームに来るまでで、もう疲れて大変だったけど。
来てよかった、最後のライブをここでできてよかった、としみじみ何度も思う。

スティルルームは、キペパピではじめての単独ライブをした場所。
それがなかったら、もうとっくにキペパピなんてやめていた、かもしれない。

『Suzy』の歌詞の通り、ある種の「運命のいたずら」なのかも、とさえ思う。

最後に、Under Treeのショートケーキ&スティルルームのコーヒー。
これまた、歌になるようなケーキだ。

 /とむやん

このケーキは歌になるか

☆
前々回に書いた、「年内に行きたいところ」。
カイドウコーヒーのコーヒー豆は、年末年始の珈琲として、おもてなし用として買っておかねば。

早めに行っておきたい、ということで、昨日行ってきた。

12月18日、十五時過ぎ。
カイドウコーヒー焙煎所のカフェ席は、並んだ4席の2つが埋まっていた。
仕方がないけど、先客の間に座る。
距離が近めなので、正直くつろげる感じはしない…。

サンタショートというショートケーキと、ホットコーヒーはペルーを。
そそくさと珈琲タイムを楽しんでから、買ってかえるコーヒー豆を選ぶ。

中煎りのキリマンジャロと、深煎りコロンビアを100gずつ。
ポイントカードが貯まっていたので、100g分が無料になった。
もちかえりのスイーツも買って、2000円ぐらいの会計にする。

お菓子は、コッツウォルズのアップルケーキとガレットブルトンヌを購入。


☆
キペパピのZINEにもちょこっと書いたの(本当にオマケ程度に)だけど。
片岡義男・著『豆大福と珈琲』に収録の、「この珈琲は小説になるか」は何かの折にふと浮かぶ言葉だ。
「珈琲」は、人だったりお菓子だったり、その対象はさまざまに置き換えられる。
そしてぼくは、小説を「歌(歌詞)」に置き換える。

ミニZINEに書いた、書きかけの『最後の新作』はまさに、「このケーキは歌になるか」という問い、そして「Yes」と脳内で即答したものだ。

片岡義男の小説を読んでからは、この問いかけがいつもスタンバイされている。

それにしても、片岡義男の小説には不思議な魅力がある。
唯一無二だ。
『豆大福と珈琲』を、タイトルに魅かれて読んだのがきっかけだった。

会話の台詞回しが独特、正直最初は違和感があった。
こんなに「クセ」になるとは思っていなかった。

「深煎りでコロンビアを200グラム」というタイトルのものもある。
これもまた、脳内に勝手に浮かんできてしまう言葉だ。
奇しくも、深煎りコロンビアを頼んだから(100gだけど)なおさら。


☆
12月19日。
今日は奈良へ行く予定で、ほんの入り口と、pastane蓮蓮に行きたいと思っている。
しかし、出かける直前なのに、iPadの電源が切れてしまった。
あぁ、これでは写真は撮れない。

pastane蓮蓮のスイーツは、世界中のさまざまなお菓子。
以前、JR奈良駅の広場でのコーヒーイベントと、つい先日の普賢寺ふれあいの駅で出店されていたときに、焼き菓子を買った。
聞いたことのない名前の、異国のお菓子。

ここのケーキもまた、歌になりうるものだろう。

実際に、それで歌がひとつ、つくれるかどうかはまた別の話、ではあるけれど。

 /とむやん

セレンディピティ

☆
このブログを「はてな記法」で書くようになったら、ずいぶん楽になった。
どうしてもっと早く氣付かなかったかなぁ。
iPadでメモしたものをコピーするのに、これだとそのままコピペできるのだ。


☆
さて、水曜日は住道へ。
次男の付き添いで毎週夕方に行って、2時間ほど「自由時間」がある。

今日はまず、アメツチへ。
スケジュール等をチェックするために、カフェによく行く。

もうひとつのお氣に入りの、cafeねむの木堂は来週行けたらと思っている。
クリスマスイブだけど、混むのかな、どうかな。

今日は、豆乳くるみスコーンと、ジンジャーチャイ。
朝からあまり調子がよくないので、コーヒーはやめておく。
スコーンは、古都華いちごのジャム付き。

出かける前ぐらいから降り出した雨は、このときもまだ止んでいなかった。
写真もなんとなく、もやっとしている(外との寒暖差のせいでもある)。

18時ちょっと過ぎ、お店を出てセカンドストリートまで歩く。
ズボン類がほしかったのだけど、あまり探す時間がなかった。
それなのに?インテリア雑貨や、前から目を付けていたマイクスタンドを買う。
今度やる配信に使えるかも?と思って。

そうだ、今日はズームでイベントの視聴をする予定があったのだった。
ワイヤレスイヤホンを忘れたので、仕方なく駅前の百均で買ったイヤホンで。

『京大マガジン』構想のためのスペシャルトーク「言葉と人間」、というタイトル。
三宅香帆さん、藤原辰史さん、三島邦弘さん、というすごいトークセッション。
買いものしながら、音声だけを聞く。
(現地には行けないので、配信を申し込んでいた)

やはりおもしろかった。
一部、聞きにくかったり、集中できなかったりで、聞き逃しているだろうけれど。

三宅香帆さんの本、ぼくはまだ読めていない。
藤原先生によれば、「ノイズ」という言葉がキーワードとして出てくるんだそうで。
それを、藤原先生が解きほぐしていくのがおもしろかった。

ちなみに、「先生と呼ばない」という話もあった?みたいだけど、その辺はあまり聞けていないのと。
藤原先生が、ご自身も「先生と呼ばれたくない」話だったかは未確認。
それと、どうしても「藤原先生」で慣れてしまっているので、今回はこれで。

話を戻すと。
どうして「紙」の媒体にこだわるのか、それが好きなのか。
その辺の話がおもしろかった。

紙媒体には、「ノイズ」が多くなるわけだけど、端的に言えばそれが「魅力」なのだ。

本屋や図書館の、例えば隣にある本が目に入る、とか。
そういった「思い通りにならない」ことにこそ、紙媒体のよさがある。

三宅さんは、デジタル媒体は「貸し借り」ができない or しにくいことも言及されていた。
これは一見、「思い通りにならない」が真逆のようだけど。
デジタルの場合はただ「融通がきかない」という感じがする。
紙媒体は「貸し借り」がしやすくても、同時に「思い通り」にならないことが発生してくる。
それはまさに、「ノイズ」のようなものだろう。

クリスマスの時期の恋愛映画で、ぼくが大好きな『セレンディピティ』。
そもそも、「セレンディピティ」という言葉が好きで、だからこの映画も観た、んだったはず。
(「セレンディピティ」は本で知ったのが先、だったはず)

クリスマスの、映画と絵本と、音楽と。 - とむやんの氣まぐれ雑想記
(前に、映画のこと書いたよなぁと確認したら、なんと10年前だった)

セレンディピティは「思いがけない偶然」、特に「失敗」から生まれた偶然の産物、それを見逃さない力、のこと。
このトークは、最後に「失敗」というキーワードで終わるのだけど。

そういえば、汗や涙など、出そうと思って出すものではない「体液」、それを「ツヤ/艶」として藤原先生は表現をされていた。
これもまさに、ニンゲンが「思い通りにならないこと」であって、だからこそ発見の余地があるし、おもしろいのだ。

アーカイブはない感じなので、リアルタイムでなんとか聞けて、よかった。


 /とむやん

年内に行きたいところ。

☆
草津小市でのライブも終えた。

11月は、日曜日4連続でライブ出演。

11月9日[日]
【滋賀・彦根】秋のガレージセール(ガレージじゃなくて公民館だけど)2025
 /新海町公民館前のさざなみホール
11月16日[日]
【滋賀・大津】オーガニック&つながるマーケットinしが
 /三井寺(園城寺)千団子社周辺
11月23日[日]
【奈良・船橋町】「キペルス・パピルスLive 〜読めや歌えや、の入り口〜」
 /ほんの入り口
11月30日[日]
【滋賀・野洲】「名残り惜しのLive」
 /ハクハク茶小屋

一応記録のため書き出してみた、よく乗り切れたね、と思う。

そして、昨日の草津小市。
今度は少し間が空いたと思ったけど、2週間なんてあっという間だった。

帰ってからはもう倒れるように眠って。
日曜日はほぼ動けず、今日もかなり寝て、なんとかやっともちなおした感じ。

疲れが蓄積しているからかもだけど、本当に回復が遅くなった。


ライブの振り返りは、またいずれ書くつもりではいる。
(いつものように、書けずに終わるかもだけど)

☆
今日は夕方、祝園方面へ行った。
そのことだけを書いて、今回は終わろう。

ずっと行けてなかったMahou Coffeeへ。

(マホウブレンドと、黒糖バニラチーズケーキ)

年内に、行っておきたいところはまだいくつかある。
忘れそうだから、ここに書いておくか。

奈良、ほんの入り口、年内に「置きウクレレ」をもっていけたらよかったけど。
pastane蓮蓮にも寄りたい、候補は金曜日か土曜日。
京都、アップリンクに行くのは、金曜日がいいのだけど。
今週はムリかも、とするとあとは26日しかない、か。
喫茶ゆかりやがちょうどやっているときだといいな。
あとは、マカリナ食堂、カイドウコーヒー焙煎所、ラバーズセクレート。
mereはなかなかタイミング合わないけど、行けたらいいな。
もうこの時点でいっぱいいっぱいだあなぁ。

今年の11月12月は、駆け抜ける(た)感がある。
今月も、もう折り返し。


 /とむやん

最後の新作

☆
Remembering John Lennon

先月、キペパピのフリーペーパー「The Peaceful Times」をつくった。
そこで、オリジナルソングの『はじめの一歌(いっか)』と、未完成の『最後の新作(仮)』について書いた。

キペパピでのライブで、オープニングになる曲をつくりたい、と『はじめの一歌』を書いたのだが。
奇しくも、「はじまり」の歌がキペパピでの「最後の新作」となりそうだ、と。

『最後の新作』は、ル シエルが閉店される3日前に発表されたケーキに、感銘?を受けたことによるもの(2023年12月末)。

そして、その年の11月にはビートルズの新作『Now and Then』が出ている。
アンソロジーのときには出せなかったものが、AIの進歩?によって可能となった。

AIの進歩?については、やはり「?」をつけなくてはいけない。
それでも、こういう使われ方は悪くないように思えてしまう。

ともかく、ジョージもいない今、これ以上新作が出ることはないだろう。

ビートルズのメンバーのソロ作品などは、ぼくはリアルタイムで体感できた。
それはそれで「ラッキー」だったとは思う。

最近(と言ってももう3〜4になるか)ビートルズなどを聴きはじめた長男が、羨むのもわかる。
ただ、その長男もビートルズの「新作」は体感できたのだ。

2023年を振り返る。 - とむやんの氣まぐれ雑想記
(↑2023年の記事を見返したら、ル シエルのこと、最後の新曲のことも書いてた)

☆
ジョンが生前最後に発表したシングルは、『(Just Like) Starting Over』。
これも何の巡り合わせなのか、「再起」の曲が「最後の新作」ということになる。

でも、これを「皮肉にも」とは言いたくない。
むしろ、ジョンらしいなとでも、言うのがいいのかもしれない。

キペパピは、それを真似したわけじゃなく、これも本当にたまたまの巡り合わせ。
なんなら、下手したら『はじめの一歌』は活動終了前に、間に合わなかったかもしれない。
一度は完成、と思ってソロのライブでは歌ってもいる。
けれど、これでは出せないと書き直して、2年が経ってしまった。

『最後の新作』という曲に関しては、Aメロ部分はほぼできている。
Bメロ的な部分、いわゆるサビをどうするかも含めて、そこがうまくいってない。
最後はAメロに戻りつつ、変化してエンディング、というところまでイメージはしているのだけど。

☆
ビートルズの、ジョンの存在がなかったら、ぼくは音楽活動はしていなかったはずだ。
のちにはジョージの方が好きになって、影響もだいぶ受けてはいる。
でも、入り口としては、やはりジョンだった。

昨日は、YouTubeで『Whatever Gets You Thru The Night (Live)』を聴いた。
そのライブのことを、Instagramなどに投稿するのでここには書かないけれど。

そうか、「ジョンの最後の公の場でのライブパフォーマンス」だったんだなぁ。
ぼくは1974年7月生まれだから、このときまだ4ヶ月。
ジョンに関しては、ぼくもリアルタイムに体感するのはムリだったな。


 /とむやん

読めや歌えや、の入り口

 

◇

キペルス・パピルスの活動を、2025年の年末で終わりにする。

 

一年前にメンバーにもそう伝えて、アナウンスもしてきたけれど。

案外(でもないのか?)、伝わってなくて今になってやっと反応がかえってきたりする。

2025年前半は、そんなわけでキペパピでの活動は、なんと「ゼロ」だった。

 

その反動、というわけでもないのだけど、11月には4連続日曜日ライブ。

(9月10月は、あまり予定を入れられなかった、という事情もある)

 

それで、奈良の「ほんの入り口」は、キペパピでライブをやっておきたい場所のひとつで。

店主はっとりさんも前々から「是非」と言ってくださっていた、本当にありがたい。

 

しかし、ふとスケジュールを見ると、ライブの予定を入れられる日が11月23日しかないではないか。

慌てて、はっとりさんにメールを送って…。

 

嬉しいことに、無事実現することになりそうです。

 

「キペルス・パピルスLive 〜読めや歌えや、の入り口〜」

日時:11月23日[日]

場所:ほんの入り口[奈良・船橋町]

参加費:¥2,000 (※要予約) 14:30開場/15:00スタート

 

タイトルをどうするか。

「ほんの入り口」のイベント名には〜の入り口」としているものが多くて、できれば同様にしたい。

以前、ソロの芥知之介名義でやったイベント名は「弾き語りの入り口」とした。

 

今回は、ふと「読めや歌えや」という駄洒落?が浮かんだ。

そしたら、挨拶文も(比較的)さらさらと書けてしまった。

 

そんなわけで、以下にその文を載せておきます。

ちなみに、熱に浮かされるように綴ったタイトルと挨拶文を、後で少し冷静になって読んでみて。

ちょっと慌てて、追記を書き足したのでした。

 

なくてもいいのかもだけど、たぶんはじめましての方が多いと思うので。

 

◇

キペルス・パピルスLive

〜読めや歌えや、の入り口〜

 

本が好きだ。

メンバー3人ともそれぞれ「本好き」だったことで、ライブの際には本を紹介したり、朗読したりなんてこともあった。

オススメしたい本があるから、という理由で曲を選んだりも。

 

キペルス・パピルスの名前は、「パピルス紙」をつくる「カミガヤツリ」の学名を拝借した。

紙の本が好きだから、という理由ならよかったかもだけど、残念ながらそれはただの「偶然」。

 

活字が好き、言葉が好き。

 

自分で歌をつくるようになって、だけど歌詞を書くというのはなかなかに難しい。

詩集や歌集なども参考にしようと思って読んでみても、あんな風には書けない。

文学的な歌詞とか憧れたりするけれど、正直「文学」をほとんど読んだことがないので、まあ書けるわけがない。

 

それでも、「言葉と戯れる」感覚は、とても楽しい。

そう、ぼくの書く歌詞は、そのほとんどが「言葉遊び」だ。

 

「生みの苦しみ」もあるにはあるけれど、悩んだり焦ったり、それは案外つらいことじゃない。

むしろ、落ち込んだり苦しかったりしたとき、「言葉遊び」は大いに助けになる。

 

自分にとって、本を読むことと歌を(つくって)歌うことは、ある意味裏表の関係、インプットとアウトプットとして、大きな意味をもつ。

そしてどちらも、「抗う」ために非常に重要な「活動」だと思っている。

 

つまらない、理不尽な、生きづらい世の中に抗って、おもしろおかしく生きたい。

 

「読めや歌えや」 ふと、そんなフレーズが思い浮かんだ。  

「どんちゃん騒ぎ」とまではいかないが、ぼくらのライブを楽しんでもらえたら嬉しい。

そしてライブ後には、活字が読みたい、自分も歌をつくって誰かに聞かせたい、などなど、そんな感覚になってもらえたらすごく嬉しい。

 

そんなライブにできるだろうか、需要はあるんだろうか。

わからないけれど、だからこそやってみたい。

 

キペルス・パピルスは2025年で活動を休止する。

またいつか復活するかもだけど、奈良でライブをするのは、ほんの入り口でライブをさせてもらうのは、これが最初で最後、かもしれない。

 

だから、あなたと、そのひとときを共有できたらと思う。

そのときは、あなたを「読み友だち」と思ってもいいだろうか?

 

 /キペパピ岸田

 

一応念のため、追記。

「読めや歌えや」だと、さも観客参加型かのようですが、たぶんそういう風にはなりません。

コール&レスポンスとか、本当はできたらいいのですけどね…。

 

◇

そうだ、それからチラシ的なものも、つくりたくなってしまった。

というわけで、↓iPadで描いてみたもの。