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昨日(2016.8.27)はウチのアパートに何人か集まって、「多様な学び」についてのゆるいお喋り会をした。
ごはんはもちより、ぼくもカレーなどなど何品かつくって。
(ぼくがつくったのは手前の3つ、人参しりしりーのクミン炒め、キュウリとオクラの甘酢炒め、バターナッツカボチャのスリランカ風カレー)
「多様な学び」については、まだまだこれからいろいろ詰めていくことになると思うけど、おもしろかったなぁ。
昨日に限らず、このところまた同じようなテーマが出てきていて。
端的に言えば、自由な主張、YESかNOかとりあえず言ってもいい、あとで意見が変わってもいい、そんな感じだろうか。
「あのとき、ああ言ってたじゃないか」って言いたくなるのもわかるけど、そうやっていくうちに、お互いの主張自体が委縮していくのかもしれない。
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学校だけでなく、たとえば食堂やカフェもそうだけど。
今は、「認可」や「許可」が必要になることがたくさんある。
それがすべて不要だとかおかしいとか、そういうことではないけれど。
何か、もっと柔軟な形があってもいいじゃないか、と思う。
それで、たとえばだけど、先生を「宣誓制」にしてみたらどうだろう?
語呂から思い付いたってのもあるけど、この「宣誓」って結構重要なんじゃないかって思う。
誰かがOKを出すよりも、自分がGOを出す。
以前、「レストランデイ」というフードカーニバルがあると知って、おもしろいなと思った。
一日だけ町中がレストランになる日、フィンランドのヘルシンキで始まったイベントだそうだ。
とはいっても、元々はゲリラ的な非合法なムーブメント。
でも、そうやって自分たちの手に、いろいろ取り戻すべきものがあるんじゃないのだろうか?
合法非合法の「法」だって、間違うことはあるし、もっとちゃんと検証すべきこともたくさんある。
それをただ「丸投げ」しているだけってのは、やっぱりつまらない。
そしてそうやって、「政治」をずいぶん遠ざけてきたよね。
こんなことを書いても、抵抗がある人もいるだろう。
けれど、昨日のもちよりごはんは友人同士とはいえ、何人もが食べている。
それだって、そのうち「非合法」になる可能性だって、否定はできない。
だからまず、考えることでそこを崩していきたい。
それが「多様な学び」にもつながっていくはずだ。
せれんでぃっぽ☆とむやん